2007年03月31日

年をとるにつれて生きていくのが楽になった このエントリーを含むはてなブックマーク

年をとるにつれて生きていくのが楽になった

小さいころは親や先生といった目上の人に

従順に生きていくのが正しいことと考えていた。

彼らに怒られないことが自分の中の最優先事項だった。

だから結果が分かりやすい勉強は人一倍まじめにやってたし、

そのおかげで成績だけは上位を保ち続けることができた。

だけど人間的に見てみると、とてもつまらない人間だったらしく

小学生の頃はいじめにあっていた。

全てにおいて演じている自分が嫌になり自殺も考えた。

この頃の僕にとって、学校と家が世界の全てであって

そこに生きる価値を見出せなくなったら全てがどうでもよくなった。

もう少しだけ勇気があったなら僕は今この世にいなかったかもしれない。

それから中学・高校・大学・社会人と年を重ねるごとに自由が増えていった。

よく大人になると責任が増えるから辛いんだよって言うけど

少なくとも僕には得られる自由のほうが数倍大きいと感じた。

社会人としての義務さえ果たしていれば、

自分のやりたいことを好きなだけやれるし、

社会人になって仕事をしているというだけで、

世の中の大人は僕を一人前の大人として対等に話をしてくれる。

僕の人生が変だっただけかもしれないけれど

年をとるにつれて生きていくのが楽になったと

最近つくづく感じている。

posted by tsukamoto at 13:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人生

セックスしたくない このエントリーを含むはてなブックマーク

セックスしたくない

疲れてるとか、気が乗らないとか、なんとなくイヤ、とかではない。

オールタイムオールウェイズ明確に自覚的にしたくない。


相手との性的接触に嫌悪感があるわけではない。

相手がとても好きだし、するにはする。

しかし本音を言えばしたくない。面倒くさいからだ。


抱きしめるのも抱きしめられるのも好きだ。

肩も揉むし背中も流そう。裸で抱き合って眠るのもいい。

しかしだ、セックスはしたくない。

そういうわけにもいかんので、することはするが、したくない。


相性か、技術か、たゆまぬ努力か、尽きせぬ探究心か、はたまた愛か。

何かが足りないのかもしれないが、相手のことは本当に好きなのだ。

だがしかし、したくないものはしたくない。

だいたいが自慰もしないのだ。いわんやセックスをや。

posted by tsukamoto at 13:13 | Comment(2) | TrackBack(0) | セックス

2007年03月28日

これであなたも楽々セックス!(女から男のみ) このエントリーを含むはてなブックマーク

こういうのは、あざといと思いつつも男はデレデレしちゃうものなんですよね・・・

これであなたも楽々セックス!(女から男のみ)

http://anond.hatelabo.jp/20070327163757


えー、そんな、セックスに持ち込むだけなんて、余裕じゃないですか。

女からですよ!楽勝っすよ。


もしシチュエーションが作れないってことだったら

あまりにも相手に分かりづらいことしてんじゃないの?

じゃあ、今日ちょめちょめしようとした上司の例をあげますね。


初期:

・体をかなり近づける(何か狭い場所で作業するとか理由をつける必要有)→軽く手とか足とかが偶然触れてしまうシチュエーションを作る

→すげー避けられるとかがなければしばらく続ける(偶然を装う必要があるからぶつかったら謝ってちょっと離したり)→おっぱいとかが軽くぶつけるシチュエーションを偶然っぽく作る

・ご飯もしょっちゅう誘う→冗談っぽく缶ジュースとかをおごらせる→快くおごってくれるようであれば、今度ご飯おごってくださいよー、貧乏なんで!とか言う

中期:

ご飯に誘い、雰囲気のいい薄暗い店を選択→ガバガバ飲んで酔っ払っているような雰囲気を漂わせる(実際は酔って無くても可)

後期:

飲んでいい感じ打ち解けてきたら「二人で飲みたくて誘っちゃいましたー」とか生ぬるいことを言う→反応がよさげだったら手を握る→手を向こうが振り払わなかったら手を太ももに持ってく(生足だととてもよい)→太ももに手を挟んでじっと相手の顔を見て、へらーっと笑った後普通に手は置いたままでしゃべる

末期:店を出たら絶対になんかしてくる(手つなごうとしてきたり、キスしようとしてきたり)から、そしたら煮るなり焼くなり好きに出来る。(私はこの日はやる気無しだったのでホテルに行くのを何度も断ったよ!)


以上。こんな露骨なことしないといけないのかよ!と思うかもしれないけど、

まあこれくらい分かりやすくないと、なかなか、セックスしようって言ってこないよ。

みんな失敗するのが怖いんだから、怖くないぜ!と態度で示してあげればいいのでは。

posted by tsukamoto at 12:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | セックス

休日に このエントリーを含むはてなブックマーク

休日に

好きな子と泣ける映画を部屋で見て、ぼんやりしているときに後ろから抱きしめた。

力をぬいて寄りかかってくる。目の前にあるつむじにキス。

「ふふっ、なにしてるの?」なんて楽しそうに聞くから、そのまま首筋にキスをした。

目を瞑って気持ちよさそうにしているので、抱きしめたまま、ずっと長い髪に顔を埋めていた。

「お父さんに甘えているみたい」なんていうから、そっと横にして深く舌をからめてキス。

ちょっと手足をばたつかせて「お父さんはそんなことしません」なんて抗議をするから、優しくキスをしなおした。

満足そうに微笑む顔が、とてもかわいい。

俺はいつになったらこの子と付き合えるのかなぁ。

いいなー

posted by tsukamoto at 11:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛

人間、外見じゃなくて中身なら、彼女も俺も今立派な負け犬。 このエントリーを含むはてなブックマーク

人間、外見じゃなくて中身なら、彼女も俺も今立派な負け犬。

俺多分あいつのこと好きじゃねーんだろうな。

顔はいい。小さくて美人。体も綺麗だ。毛並みもいいし、躾もできてる。学歴も申し分ないし、仕事もできるほうだ。ついでに言えば、実家もそこそこ金持ちだ。

だけど、カラオケは歌えねえ。クラブじゃ踊れねえ。酒は飲めねえ。話は振れねえ。あわせられねえ。ボケもツッコミもできねえ。メールもろくに出さねえ。

親の言うとおりの進路を進み、先輩やリーダーや友達の言うことをきき、自分からは何も働きかけない。言うこと聞いて笑ってればいいと思ってる。

 

そういうわけで、あいつも俺のこと好きじゃねーんだろう。なんでまたデート誘ってんだ俺?で、なんでのこのこついてきてんだあいつ?

俺のほうは、多分、アクセサリー感覚なのかな。あと打算。話の弾む、遊んでて本当に楽しい女友達ならいっぱいいる。あいつの方はなんなんだ?誘いに断れないから?

手繋いだくらいで顔真っ赤にしてんじゃねえよ。あーでもなんだろう、たまに本当に素敵な言葉をかけてくれる。そういうときすげー嬉しい。Mか。まあドMだけどさ。

 

俺もあいつも経験の薄い恋愛弱者だし、お互いに相当ダサくて自分勝手。おまけにプライベートより、実は仕事や勉強のほうが大事。自覚があるから始末におえない。

そんなんでも、これからもっと仲良くなって、幸せな時間を分け合えるようになるのかな。いまいち自信ねえ。俺だってこんなんだし。

でもまあお互いに、携帯メールに顔文字使うようになったから、ちょっとくらいは前に進んでるのかな。とりあえず試験頑張ってよ。応援するから。

 不思議な感覚。なんかよくわからなさがリアルだ。

posted by tsukamoto at 02:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛

2007年03月24日

私が風俗で働いた理由 このエントリーを含むはてなブックマーク

anond:20070323125951


質問されてる人とは別の人間ですが……。(というか質問されている人は自分語りを好まないご様子ですが、自分は匿名でなくてはできないこんな自分語りを好む方なので。あいすみません)


モテなかったので、このまま行くと処女のままとんでもなく年を取ってしまうんじゃないかと思っていました。とはいえ本番が経験したかったわけではなくて、女として異性から求められているという実感がほしかったのでしょうね。

実はソープの面接も行ったのですがおそらく美醜というより似つかわしくなさがにじみ出るものなんでしょうね、一軒目で断られて、ソープにこだわる理由もなかったので結局はヘルスに落ち着きました。ゴム越し、指は入れさせないなど基本的に一線は引いていましたが強く拒めるわけでもなく、時々は汚れた手で触られて炎症を起こすこともありました。


店で一番美人なお姉さんと話していたら、「じゃあここきて初めてそういうことしたんだ?」と軽蔑したように笑われました。(余談ながら当時の自分はあらゆる意味で初心でしたので、あれだけ美しかったら叶わない恋なんてないのだろうと本気で思っていました。)その店で働く動機について別の子と話していたら「お金目当てじゃないなんて他の人には言わない方がいいよ、頭おかしいと思われるから」とも言われました。


一軒目を三ヶ月で辞め、その店で知り合った子に誘われて一ヶ月別の店を手伝った後、一度経験してみたかったSM系のヘルスへ面接に行ったところ雇ってもらえなかったので、それきりその世界からは足を洗いました。この時点でもやっぱり処女でした。お客さんに誘われて店が終わった後で会っていちゃいちゃするなんてこともしていたのですが、最後の最後は怖くて踏み切れませんでした。



その後風俗時代の人脈とは全く関係ないところで彼氏もできたし、人には絶対言わないながらも「キレイな身体じゃなくなった」という印象が拭えないので、ものすごく後悔はしていませんが当時の自分にひとこと言えるならやっぱりやめさせると思います。

AIDSには勿論なっていませんが、なんとなく献血には行かなくなりました。

こんな人もいるんですね。。。
posted by tsukamoto at 16:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | セックス

2007年03月22日

「プレゼントにお酒」はやばい このエントリーを含むはてなブックマーク

「プレゼントにお酒」はやばい

http://anond.hatelabo.jp/20070318173412 の中の人です。それでもらったグレンリベットを毎晩ちびちびと楽しんでいるわけだが、なんというか、これはやばい。飲みながらくれた人のことを考えるし、その間ずっとよい香りがして、ちょっと甘ったるくて、そのうちボーっとしてきちゃったりして、演出効果満載なわけだ。下手に2人で飲みに行くより色っぽいかもしれない。毎日これを繰り返したら絶対やばいと今から思う。

というわけで、「プレゼントにお酒」はやばい。特に寝酒に適したハードリカーは。もう流行らせちゃってください。

覚えとこう。。。

posted by tsukamoto at 01:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛

2007年03月20日

童貞捨てた! このエントリーを含むはてなブックマーク

童貞捨てた!

前までは彼女いない歴=年齢でずっとそうなるかもなーって漠然と思っていた。

女性と話すのが苦手だった。話題が見つからないし、女性と話してる自分を周りに見られるのがなんか恥ずかしかったり。

大学落ちて予備校に入った。予備校では誰とも話さずに男友達も作らなかった。誰とも話さずに勉強に打ち込もうと思ったから。

ただ、予備校の人とは話さなきゃいけなかった。挨拶とか書類の提出とか進路の相談とか。

そういうちょっとしたコミュニケーションを重ねていくうちにだんだんお互いの口数が増え、会話となり、仲良くなった。

二つ年上で有名大学に通う女子大生。顔は倖田來未似でおっぱいが大きい人。初めての女友達。

予備校の人で年上だったのであんまり異性だと意識しなかったし、事務的な会話から始まったのがよかったんだと思う。

志望の大学に合格したことをメールで報告したら、すごい喜んでくれて、そしてデートに誘ってくれて、告白された。初めての彼女。

大学に入るまで暇なので暇が合う日は必ず彼女と会った。いっぱい喋った。手をつないだ。キスをした。

そして、昨日の午後四時ごろに彼女の部屋で童貞を捨てた。

事前に自分が童貞であることを告白していたので向こうがリードしてくれたけど、

裸で抱き合ってちょっとした刺激だけでイきそうになったりコンドームの付け方がわからなくて彼女に笑われたりと大変だった。

期待していたおっぱいは、服を脱いだらちょっと垂れてて乳輪が大きかったけど、触ったらすごく柔らかくてずっと触りたくなった。

なんか今が人生のピークかも?って思ってる。志望した大学に入れることになって出来ないと思ってた彼女ができてエッチできた。

明日も彼女と会うことになってる。早く彼女に会ってエッチしたい。たくさんエッチしたい。

posted by tsukamoto at 21:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | セックス

2007年03月19日

プア・スパイラルの実体 このエントリーを含むはてなブックマーク

プア・スパイラルの実体

面倒なのでトラバせずにとりあえず書くけど

貧困輪廻から解脱できない理由を社会に求めたくなるのはじゅうぶんわかるのだけど、というか、そういうので苦しんでいる人も当然いるのだろうけど、経済とか教養のpovertyってもっと深刻なものを孕んでいると思うのね。それは、要するに、中流以上の生活とか、教養のある人生とか、そういうチャンネルがその人に形成されないってこと。そういう世界を、自分のものとしてとらえることができないってこと。それこそ非モテの話じゃないけど、「まともな恋愛」ってものがあるとして、それを見聞きしたことがなければ、とてもじゃないが自分のものにすることはできないよね。生活とか教養とかも全く同じで、裕福な生活を人生の成長過程でほんの一瞬でもいいし、疑似体験でもいいから、自分のものとして味わったことがなければ、その人は裕福になりえないんだ。「知的」ってものを成長過程で一度も浴びたことがなければ、その人はどうあがいても知性を取得することができないんだ。

ちびまる子ちゃんは花輪くんの家に招待されることで「裕福」のチャンネルを獲得する機会を得たし、のび太はしずかちゃんや出木杉くんの生活に触れることで教養や品格のチャンネルを取得する機会を得た。でも、そういうの、今の日本にあるだろうか。どうだろ。

そういうことで言えば、元凶はこのゴリゴリに核化した社会にある、という言い方もできるのかもしれないけどね。

私の個人的な体験を言えば、高校に行って、はじめて「上流」というものに触れた。奴等には敵わなかった。そして、私はそういうものに触れるのが少々遅すぎた。

posted by tsukamoto at 08:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会

上機嫌に生きること このエントリーを含むはてなブックマーク

上機嫌に生きること

今日は天気がよくて、めずらしく上機嫌に過ごすことができた。

料理して家族と食べて、歩いて散歩に行って、夕飯のお買い物して帰ってきただけで何もなかったけど、本当に楽しい日だった。いつもこんな風に上機嫌に過ごしたいと思う。たとえ不幸な日にも。

不機嫌でいることは自分や自分の人生や精神や周りの人や生活のすべてを少しずつだめにしてしまうような気がする。

モーツァルトをとても尊敬している理由のひとつに、いつも上機嫌だったっていうのがある。(もちろんあんなに美しくて神々しい音楽を作ったということもそうだけど)

吉田秀和の『モーツァルトの手紙』を読むとわかるけど、モーツァルトはいつも上機嫌だった。モーツァルトは傍からみて必ずしもいつも幸せだったというわけじゃないのに。お金がなくて借金を重ねて、スポンサーに意地悪されて、バカにされたりしても、それでもいつも上機嫌で、仕事をして、しかも家族を愛して、そう手紙に書いた。

バカで子どもみたいで、金づるを得るために賢い振る舞いができなかったかもしれないけれど、私はそうできる人よりも、どんなに優れた人よりも、いつも上機嫌だったモーツァルトというのがとても好きだ。

上機嫌でいること、自分を愛すること、人生を愛すること、家族や身の回りの人を愛すること、そういうことがとても大事だということは、それを読んでもわかるけど、モーツァルトの音楽を聴くと一瞬でわかる気がする。

モーツァルトというと、初心者の音楽だ、とか、オンナコドモの趣味だ、とか言ってしまう人は、本当にかわいそう(実際私は、初心者だけれども)。あの幸福感、人生の幸福感がわからないんだと思う。

上機嫌に過ごした完璧な日には、そういうのがとてもわかる気がするのだ。(もちろんそういう気分じゃない日もある)

posted by tsukamoto at 08:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人生

2007年03月16日

女の子の自殺を知らされた件 このエントリーを含むはてなブックマーク

http://anond.hatelabo.jp/20070316104845
先日、以前友人だった女の子が自殺していたことを共通の友人から知らされた。彼女とはずっと連絡を取っていなくて、自殺は去年の夏のことらしい。
俺も30歳を過ぎているので、同年代の知人の死は初めてじゃない。小学生の時には同級生が無理心中でいなくなったのをリアルタイムで経験したし、高校の時の友人2人は大学に入ってから交通事故で一緒に死んだ。
でもそいつらと違うのは、彼女と俺がセックスしたことがあるという点だ。何回か成り行きでそういうアレがあって、でも結局それ以上の関係にはならなかった。お互いそのときはフリーだったのだが、状況から考えると俺が振られたと思ってもらっていい。その後は俺の転職とかもあって、連絡が途絶えてしまったというところだ。
なんだそのセンチメンタルと笑われるかもしれない。確かにそれもある。あー、一時であれ(ちんこ含めて)俺を受け入れたあの子は、もうこの世にいないんだなあと思うとしんみりする。なんで自殺したんだろうとかはあんまり考えないし、俺が何かできたんじゃないかなどという思い上がりは全くないが。
しかしそれより大きいのは、彼女と共有した経験をもう誰にも話せないということがすごく重い。共通の友人は誰も、たぶん俺と彼女の間にそんなことがあったのを知らない。今さら「実はこんなことがあったんだよね」などと喋る気もないし、そんな話聞いても誰も楽しくないだろう。
もちろん、彼女と連絡が途絶えた時点で、こんなことは分かっていたはずだ。しかし、改めて彼女の死を知らされると、動かしようのない事実として確定してしまったことに動揺してしまっている。そして、過去のワンノブゼムでしかなかったはずなのに、人間関係の中でやっぱりセックスというものを、どこか特別なものとして自分が捉えているらしいことにも驚いている。
posted by tsukamoto at 12:20 | Comment(0) | TrackBack(0) |

2007年03月15日

ある病人の半生 このエントリーを含むはてなブックマーク

http://anond.hatelabo.jp/20070315083635
小学校の終わり頃に患った精神障害(かなり特殊な神経症のひとつ)に人生を狂わされた。あまりにも早すぎて、まだ碌に人生など始まっていない時期の発症だったから、狂わされたというのは少し妙な言い方かもしれない。ともかく、あるきっかけから発症し、その後の生活は全てその障害に支配されることになってしまった。対人恐怖症に似たもので、自分の内面を知られることや、人と会話することが恐ろしくて、何もできなくなった。たくさんいた友達を全て失って、親や兄弟との会話も難しくなった。なんとか学校には行っていたけど、ずっと一人だった。昼休みは図書館の一番奥の席で誰にも見つからないように時間を過ごし、授業が終わると真っ先に教室を出て、近所の公園に向かった。そこのベンチに座って何時間が過ごして、6時くらいになったら家に戻るという毎日だった。いちおう部活に籍を置いていたから、家にはあまりはやく帰れなかった。傍から見たら、完全な狂人のような生活を送っていた。
 これほど苦しいのに、自分の精神に起こっている異常を誰かに打ち明ける勇気がなかった。臆病さに関しては僕の右に出る人はいないだろう。とにかく自分が情けなかった。他人とまともに顔を合わせて話せないほどの重症だったんだ。そんな風に、誰の助けを求めることもできないまま一人で悩み続け、中学・高校の6年間を過ごした。
 高校の卒業間際になっても病気が治る見込みなんてまるでなかったから、将来どうしていいのか全くわからなかった。大学へ行ったところでうまくやっていけるわけはない。かといって就職できるわけでもない。結局、センター試験でわざと低い点数を取った。そうすれば親に何も説明せずに、浪人というモラトリアム生活を送れると思ったんだ。一悶着があったのだけど、どうしても大学に行きたいからと親に言って、なんとか浪人生活を送ることになった。
 数ヶ月間、何もしない時期が続いた。金がかかるからと言って、予備校には行かなかった。図書館で勉強してくると言っては、誰もいない山道をぶらぶらと歩いたり、本屋で時間をつぶしたりしていた。でも、秋頃からはさすがにまずいと思って勉強を始めて、なんとか入試には合格した。とにかく実家から離れたかったからわざと遠い大学を受けて、親にはどうしてもここに行きたいからといって認めてもらい、一人暮らしをすることになった。
 大学へ入っても相変わらず、他人との一切の接触を絶った生活を続けた。でも、ほんの僅かな救いは、中学・高校の頃に比べれば病気が少しだけ楽になってきたことだった。少なくとも一人で部屋にいるときは落ち着いて本を読んだり、ネットをしたりできるようになった。掲示板やチャットから、数少ない他人との繋がりが生まれるようになった。
 やはり学校にあまり行けなかったから一留してしまったけど、それでもやがて3年の冬になり、就職活動をしなければいけなくなった。たんまりとたまった奨学金、そして今後の生活のために、働かなければならない。そうしなければ生きていけない。今までの学費で親の貯金は全て消えてしまったのだから。
 似合わないリクルートスーツを着て、面接を適当に愛想笑いで誤魔化しながら、なんとか一つの会社の内定を貰うことはできた。今の僕は、その内定を貰った後、4月の正式な入社を控えている状態だ。2年遅れているから、24歳の大学4年生だ。
 就職はしなければならない。そうしなければやっていけないのだから。でも、とにかく孤独過ぎて、どう言っていいのかわからないほど苦しい。自分を理解してくれる人なんて今後も現れるわけはない。ただの失恋の悩みや、人間関係の悩みとはわけが違う。自分は精神科医ですらほとんど知らないほどの特殊な症例なのだから。こんな自分の内面を理解できるのは、インターネットの掲示板でときおり出会う、かけがえのない同病の人達だけだ。顔も知らず、匿名で言葉を交わすだけの薄い繋がりではあるけど・・。
 あまりにも世間知らずで、対人接触の経験の無い異質な人間が、健常者にすら過酷なサラリーマン社会に出ていこうとしている。障害者枠で働いていくことも考えたけど、それは自分のプライドが許せなかった。今まで読んでくれた人は気付いているかもしれないけど、精神障害を抱えながらでもやってこれたのは、ひとえにプライドが高いからだ。周りの人間になめられたくない、負けたくないとう動機だけでここまでやってきたのだと思う。
 でも、本当はいまさらどんな努力をしたことろで、健常者とまともに戦えるわけはないこともよくわかっている。身体障害者にはパラリンピックという晴れ舞台が用意されているけど、健常者に混ざって生きる精神障害者には何もない。理解者もいなければ、助けてくれる人もいない。全ての困難を、何の賞賛も無いままに、自分自身の力だけで乗り切っていかなければならない。
 これからも何度も何度も悩むだろう。絶望するだろう。その度に酒を力を借りて誤魔化し、一人でじっと夜明けが来るを待つんだろう・・。
posted by tsukamoto at 20:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人生

何でもいいから喋ってほしい このエントリーを含むはてなブックマーク

http://anond.hatelabo.jp/20070315151454
話のつまらない男に殺意を覚えるとかいう本が出てた気がしますが、私は女子ですが、話のつまらない(というか話さない)女に殺意を覚えます。。たまに。。
ドラマの話しか出来い人とか、こっちがいっぱい話して、うんうんって聞いているけど、特にそっちから話を振ってはくれなくて。。
(私、聞き役だから??。だと。。)
恋愛しない、趣味なし、夢なし、な相手と何をはなせばいいんですか?
どうしても二人になる事が多いから、いっぱい今まで話したけど、もぅ疲れたよ。。
ドラマとかテレビを見ない私が悪いのかな。。
つまらなくてもいいから、自分から話をしてくれる人がいいです。
趣味でも好きな芸能人でも何でもいいから。
私が悪いのかな。。
男の人でもいるけど。全然話をしてくれない人。
こっちが何の話題を振っても盛り上がってくれないし、自分の事は全然話さないし。
(おうち帰って何してるの?何も。テレビとか見る?いや、みない。)
私に好意を持ってくれてたみたいだったし、性格も悪くないし、だけど2人でいるのがたまらなく苦痛だった。
シャイとか、女の子と話すの苦手だったり、するのかもしれないけど、それでも何か自分の事話してくれないと、好きとか言われても無理だよ。
私が悪いのかな。
posted by tsukamoto at 16:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 恋愛

格差の話で思い出したんだけど このエントリーを含むはてなブックマーク

http://anond.hatelabo.jp/20070312004915
格差っていうものがどーにもこーにも実感がない。
格差と言うか下のほうが酷いことになってるって話が。
反感を買うことを恐れないで言えば年収200万以下とか聞くと「何で?」って思ってしまう。
俺自身普通の家に生まれて、普通に公立の小中学校に通った。
で、高校受験は公立に失敗して併願をかけてた私立の男子校に通った。
で、大学受験。これも落ちた。そして浪人生。
浪人時代はゲーセンに入り浸る。毎週4コマしか授業に出ずに過ごす。
こりゃヤバイと思って頑張り始めたのがセンター試験終わってから。あまりの点の悪さに愕然として1日に18時間ぐらい勉強してどーにかMARCHの下のほうにひっかかってそこに入る。
ちょうどネットゲームが流行りだしたり、テレホなんかが始まったりして盛り上がり始めた時期でさ。毎日大学の友達とチャットしたりAge of EmpireIIとかで知らない人と対戦しまくったりして毎日寝るのが2時過ぎ、同じ頃にバイトをし始めてなんか居心地がよくてほとんど毎日バイトしてさ、それにパチンコをやりにいったりしてさ。
そんな生活してて学校がうまくいくはずもなく、2年の時に留年してさ。その時点でもう既に現役の奴らと比べたら2年も遅れてるわけ。
またこりゃやばいと思ったのが就職活動を控えた3年の年明けぐらいかなぁ…成績もよくないし、このままじゃ就職するところもない!と思って就職対策本を買ってSPIとかそういったものの勉強を必死でやってさ。
学校の就職セミナーとか、体験面接とかも全部出て研究して、面接が早い企業を練習台にするために受けに行ったりしてとにかく頑張った。
で、社員6000人くらいの結構大きい会社に就職した。
で、今3年目。4月から4年目だけど、今年収が500万ぐらい。年明けに貰った源泉徴収に書いてあった。
どっちかって言うとなんか失敗ばっかりしてるし、流されて生活してて頑張ったのが浪人の時の最後のちょぴっとと就職活動の時だけ。
それでも今これだけ貰ってるとそれ以下の人ってのがいることさえもあまり理解できない。
自分の周りの友達もそんな感じだし。
だから毎日早くから遅くまで働いて、家には寝に帰ってるだけってくらい働いてるのに年収200万とかってありえないだろ!とか思ってしまう。
ネタじゃないの?とすら思う。
もしかしたらこういう俺みたいな人間が格差を生み出してるのかもしれないなぁ、とちょっと思った。
posted by tsukamoto at 16:00 | Comment(0) | TrackBack(1) | 社会

2007年03月02日

俺が簡単な童貞喪失の方法教えてあげるよ。 このエントリーを含むはてなブックマーク

http://anond.hatelabo.jp/20070302173611
経験談だから確実。しかも簡単な方法。
服装と髪型をオシャレにしてオタク女を口説くだけ。これだけで女とやれるよ。
どうせオシャレしたって変わらないって思ってるかもしれないけど(実際、俺も高校時代まで思ってた)
髪型と服装変えれば見た目の9割が変わるんだからだいぶ変化がある。
俺はファッション雑誌の服装真似て、髪型をオシャレな長髪にして色染めただけで女の見る目確実に変わったよ。見た目なんてそんなもん。
眉を細めたり、むだ毛を処理したりは各自必要だと思ったら。
ここまでやったら後は簡単。女を作るのが難しいと思われるかもしれないけど実はこれが一番簡単なんだ。
競争率の低い女を狙うだけ。つまりはオタク女。いわゆる腐女子って呼ばれる人たち。
周りの男はダサいのばっかだからオシャレでカッコよくしてればコミュニティにいるだけで注目されるし、ライバルも全くいない。
男に口説かれ慣れてないから落ちやすいよ。気が弱くて優しい子が多いから頼んだらけっこう簡単にやらせてくれる(もちろんいきなりは論外だけど)。
それに普段遊んでないから金のかかるようなデートしなくても大丈夫。奢られて当然って意識ある人も少ない。
容姿がアレだから嫌だって言うかもしれないけど容姿が悪くてもセックスの気持ちよさは変わらないよ。
俺は体重が80kgぐらいの女とやってたことあるけど69が大変だったくらいでフェラやマンコは全然気持ちよかった。相手がオタクだからできるアブノーマルなプレイもあるし。
俺はその女とアニメのコスプレしてお互いキャラなりきりでセックスしたことあるけどそんなの相手がオタクじゃないとできないでしょ?
簡単に口説けるし、口説いたら従順。アブノーマルなセックスも楽しめる。こんないい女たちいないよ。
今は市場が荒らされ始めてるけどまだまだパイは大きい。俺が大学生だったころはほとんど手がつけられてなくてやり放題だったけどね。
だってこの方法で約30人とセックスしたから。
ちなみに今は結婚して普通の夫婦やってる。相手は少女漫画家。
やりまくってたときに売れそうだなって目をつけた子。そういう特典もあるよん。
posted by tsukamoto at 19:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | セックス

最近あまり増田を見なくなった このエントリーを含むはてなブックマーク

最近あんまり増田を見なくなった。なんでだろ。
そんなわけでここを更新するモチベーションもあまりなく、放置しています。たまーに自分の興味のある記事をピックアップしたりはするかも。
最近の増田状況を掴むにはid:iroimasudaさんの日記を見るといいと思うです。

増田伊織の日記
http://d.hatena.ne.jp/iorimasuda/

あと、増田チャットもやってるみたいだし。

増田チャット@Lingr (at Lingr)
http://www.lingr.com/room/masuda

増田の記事に対するブクマも一時期と違ってあんまり付かなくなったみたいですね。まあなんか変化していくのは面白いんじゃないでしょうか。はてラボだし。また2ヶ月もしたら状況が別の方向に変わってるかも。
posted by tsukamoto at 02:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 増田

できる営業職だった父の背中を見て育った。 このエントリーを含むはてなブックマーク

http://anond.hatelabo.jp/20070301212308
できる営業職だった父の背中を見て育った。
学校の成績は良かったが、我ながらおとなしい性格だったので、父のような会社員にはなれないだろう、と小学校高学年の頃に悟った。その頃の将来の夢は考古学者。シュリーマンになりたかった。
それから数年。私が中学生のとき。父、癌を患う。一命は取り留めたものの、落ちた体力では、かつてのように仕事はできなくなる。会社はクビになった(病状の割には長く引き止め、部署を移すなど色々と対策もしてくれたが)。大学時代の友人の伝手で、小さな会社で働き出し、そこでも成果を出すものの、癌の転移が発覚。私が高校の時分に早逝した。
その後、母が生命保険や退職金を切り崩して捻出してくれた金で、出来が悪かったにもかかわらず、私は大学に入学した。小学校時代の神童も、今となっては人並以下。考古学者の夢はとうの昔に捨てていた。折からの不況。まったく学問として興味はないが、手に職のつく資格が欲しい、という甘い考えで入った法学部の勉強は、軟弱で夢想癖のある文学少年には想像以上の苦痛だった。そして、情けないことに、胃に穴を空け、単位を大幅に落とし、留年してしまう。
なんとか四年次まで進級するものの、就職活動でまた胃潰瘍になる。入院。今度は留年こそしなかったものの、就職浪人になる。ただでさえ社交性がなく、新卒の下駄でぎりぎり内定が出るか出ないかの身。カウンセリングや話し方講座なども受けてみるものの、大した影響はなく、どうにも上手く行かない日々。ようやく出た内定は、小さな会社の営業職だった。
それから半年が経つ。やはり父は偉大だった。時代のせいもあるのかもしれないが、この過酷な職業に良く耐えられたものだ。先日、あまりの不調にかかった医者に、軽度の鬱病と診断された。
そんな私の現時点での考え。
不器用で、内向的な人間が、幸せに生きられる場所なんて、この世に、ない。
努力しても、変えられないものが、ある。
母が無事に逝ったら、私も穏やかに逝けたらよい。そんなことばかり考えている。
posted by tsukamoto at 00:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事

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