■上を見ればきりがない
テレビドラマに出てくるような上流階級みたいのがこの世にある、ってことは知ってる。だけどもう全然リアリティないんだよ。
大学なんか行ったことのある奴は、親戚中探したっていない。
同級生には大学進学を考えてる奴もいたけど、そいつんちはウチとは違う。
ウチは金もないし、親も歳だし、早く手に職つけて働かなくちゃ。一生懸命働けば少しはマシな暮しだってできるだろう。
だけどもそれは、階層を上ることとは全然違うことだった。
努力なんて、せいぜい「まじめに働く」くらいの意味だった。
この現実にはさらに上に上があって、どこまで行ってもきりがないという事実……。
俺の家なんかは、世間で言えば「エリート一家」なんだろうけど、それでもまだ上には上があるんだな。
親兄弟や親戚は、勤務医や街弁護士や大手メーカーの技術者といったところ。学歴的には旧帝大か東工大か一橋ばかり。理系なら修士出て当然という雰囲気。
俺も、超有名私学から旧帝大の修士を出て超大手メーカーの研究所に就職した。
これ以上望むところがないだろうって?とんでもないさ。
これでも、世間で言う「セレブ」とはほど遠い生活なのはだいたいわかるだろう。親戚の誰も、毎日遅くまで残業して帰ってきて、それでもたとえば大都市に家なんか建てられないよ。郊外のマンションを買えれば十分よかったね、というところじゃないかな。
子供の習い事だって、近所の水泳教室とか習字とか、あるいは塾とか、そんな中の一つだけ通わせるのがやっとのこと。当然、たとえば子供が「スポーツでプロを目指したい」とか「芸大に行きたい」とか言っても「諦めてくれ」と言うしかないよ。そんなに本格的な指導を受けさせられるだけの金なんてないからさ。
でも、世間は広い。東大とか京大とかに行きながら、高校でスポーツの県代表クラスとか、芸大でも行けたような奴なんて掃いて捨てるほどいるんだよ。凡才でも、いい教師が鍛えればそのくらいのレベルにはなれる。だけれど、天才でもいい教師がつかなければその程度のレベルにもなれない。
こういうのを身に付けた本物のお坊ちゃまお嬢様、おっと間違えた「本物のエリート」の前では、勉強以外は全て人並みの俺たちなんて、ただの「ガリ勉」「オタク」でしかないんだよ。「勉強以外何の取り柄もない」「コミュニケーション能力が低い」と言われ、「学歴が高くても使えない」と脅かされ続けている俺たちは、身を護るためには「勉強」という唯一の取り柄を活かした商売に就くしかない。そこで、専門知識を売ろうとして技術者やらなんやらの仕事に就くわけだが、これはステータスの割に苦労も多く、収入が大した職業ではない。
そこで、子供は「本物のエリート」ではなく、ガリ勉のオタクとして育てるしかなくなるわけだ。
起死回生の手段?(逆)玉の輿を狙うぐらいしかないだろうね。でも、ガリ勉のオタクがモテるわけもないしねえ。
結局、どこまで行っても格差ってのはつきまとうもんだよ。
階層を上昇しようと思っても空しいもんだ。俺もどれだけ悪戦苦闘して、お坊ちゃまお嬢様方と対等に張り合おうとしたことか。でも、所詮は無駄だった。年取ってから多少努力しても、生まれた頃から積み重ねてきた相手には勝てないよ。
ところで、世間では、「日本のエリートには教養がない」だの、「米国並みに、大学入試には課外活動の実績も考慮すべきだ」とか言う人がいるよね。そういうこと言う人は、そういうのが「階級選別装置」だって気付いてるのかね?俺みたいなサラリーマンの子は、どれだけ努力してもアメリカの一流大学になんて入れやしないんだってこと。それとも、そういう世の中にしたいのかな。アホでも金があれば階層を固定できる世の中に。