2007年06月21日

会社に人生を捧げている人は幸せか? このエントリーを含むはてなブックマーク

会社に人生を捧げている人は幸せか?

こういう議論に答えは出ないものだ。

それは、仕事に何を求めているか?

仕事をする事によって何を得たいのか?が千差万別だから。

一般的に「仕事をする事によって得たいもの」は、金・地位・名声・女あたりだろうか…。

これらが一番人間の本能と結びつきが強く、求めて当然の欲求と言える。

これらが世間一般より多く手に入っているならば、サラリーマンだろうが、フリーターだろうが、デイトレーダーだろうが満足感はそれなりにあるはず。

しかし、問題は上にあげたような本能と結びつきの強いものと違うことだ。

例えば、やりがい・達成感・社会貢献・自己実現等の自ら精神的な部分。

これのカラクリを紹介しよう。


100人を50人づつの2グループに分ける。

仮にA、Bグループとする。

この両グループに全く同じ仕事をやってもらう。

仕事内容は誰の目から見ても明らかに単調で退屈な仕事。

Aグループには高収入を支払い、Bグループには低賃金を支払う。

報酬は前もって金額を告げられている。

そして最後にアンケートを取る。

「この仕事に対する感想は?」


結果として高収入を貰ったAグループはほとんどの人間が「つまらない」「二度とやりたくない」などの否定的な内容だった。

しかし低賃金で働かされたBグループは「やりがいを感じた」「みなでやり遂げた達成感が大きかった」などの肯定的な内容がほとんどだった。

これは有名な心理学の実験で「論理的不調和」を現すものだ。

人は理屈に合わない事をやりたくない、理屈に合わないことをすれば自分に言い訳をする。

仕事がつまらなく単調でも「高収入」なら言い訳をしなくても理由が出来ている。

金の為にやっているのだ、と。

しかし仕事はつまらないし単調、その上賃金まで安いとなると自分でやっている理由が見つからない。

そういったとき人は自我の崩壊を防ぐ為に「やりがいがあるから」等のように精神的な何かを理由として付ける。

いわゆる「精神の防衛本能」である。


給料が安いことや、仕事が激務であることを周りにこういう言い訳してる人は実際多いだろう。

給料は安いよ、激務だよ・・・「でもやりがいある」「でも自分が成長できる」「でも職場が楽しい」「でも人の役に立っている」

これらはつまるところ論理的不調和が成せることである。

もちろん本人に悪気など一切ない。

人間の深層心理が働きかけているのだから。


やりがい、成長できる・・・上の実験でも分かるようにどんな事にでもやりがいや自身の成長は見出せるものだ。

本当にその仕事だからやりがいが見出せているのか?をよく考えるべきだ。

職場が楽しい・・・金の絡まない、上下関係の無い人間関係のほうが確実に楽しいよ。

大人になってもサークルやスクールなんかでいくらでも楽しい人間関係を新しく築ける。

人の役に立っている・・・人の役に立ちたいならボランティアをいくらでもすればいい。

休みの日にもボランティア参加してるのかといえばそうではない、結局仕事だからしてるだけ。


結局、サラリーマンだろうがフリーターだろうが、精神的な部分をメリットとして強調してる人は辛い人生なのだろう。

それとは違い、金・女などの物質的なものや時間などをメリットとして感じている人こそが無理の無い本当の幸せに近いと言える。


from : ttp://mixi.jp/view_diary.pl?id=318201395&owner_id=7605832

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posted by tsukamoto at 00:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事

2007年06月15日

就職活動に関する質問 このエントリーを含むはてなブックマーク

就職活動に関する質問

先週面接受けた会社から音沙汰が無いのですが、連絡ってして良いのでしょうか?

結構うまくいったと思うのになぁ。

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posted by tsukamoto at 04:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事

2007年05月30日

昔の楽しみはいまの労働か&人のために尽くすこと このエントリーを含むはてなブックマーク

昔の楽しみはいまの労働か&人のために尽くすこと - はてな匿名ダイアリー

引きこもニートのやろうと話してたら、「メシを自分で作ってんだから俺はマシ」とか言ってんの。意味わかんないよね。「俺は自分のぶんのメシをドアの前に置いといてもらうとかそんなクソ野郎とは違う、自分のぶんのメシは自分で作る、しかもレシピ本を見てちゃんと凝った料理も作ってる。だから俺は偉い。何もしてないニートとは違う、俺は労働をしてる」とか言うわけ。

おおおおおおおい、本気で言ってんのかぁああああああああ。

食材は親が買ってきてくれてて冷蔵庫に入ってる。それを取り出してレシピ本のとおりに調理して、それを食う。それが労働なのか。と聞いたら、「メシ食うのが労働なわけないだろ、アホか。メシ作るのが労働だよ。俺は自給自足してる」と。

そんな俺理論を語られて混乱したしそいつの自信満々な顔がヤになってきたから、その場では話を変えて、おおきく振りかぶってのアニメの声のしっくり感についてひたすら褒め称えるトークに移ったんだけど。三橋は再現不可能だと思ってたのにもうスゲーじゃんあのピッタリ感、動きの再現もスゲー。ビックル一気飲み!とか熱く共感しまくったあと、家に帰ってから考えた。


自給自足って、労働を考えるときに一番いいモデルケースだとか思ったんだよ。自分が働いて生産したぶんだけ、自分が消費できる。カネとか無いからスゲーシンプルでわかりやすい。ヤツの場合はどうかというと、ヤツがたどり着いた無人島が、「電気とガスは勝手に流れてくるから冷蔵庫とコンロは使えて、あと冷蔵庫の中には勝手に食材が補充される」という魔法の島だっと仮定したら、もしかしたらヤツがやっていることは確かに労働なんじゃなかろうか、と思った。

経済学とかよく知らないけど、労働ってのは、価値を増やす行動のことなんでしょ。労働って概念は、「頑張ったのを褒める主義」でなく、完全なまでの「成果主義」ってことだ。ヤシの実があって、それを超苦労して素手で割って1時間で1個ぶんのヤシの実ジュースを取り出すのと、専用器具を使って5分で2個ぶんのヤシの実ジュースを取り出してあとは寝てるのと、比べたらどう考えたってラクしてるヤツの方がたくさん生産してる。


ちょっと蛇足だったか。

昔って、寝てるだけで狼に襲われるとか、そういうのがリアルにあったわけじゃん。でもイマって、そんなこと考えなくてもふつうに寝てれば普通に生きて翌朝目を覚ますことができるわけじゃん。昔はさ、ムラみたいなとこで何人か交代で見張りをして、なんか異変があったら叫んでみんなを起こすみたいな仕事があったわけよね。でもイマは無い。そんなことしなくても、安全な夜っていうのは所与みたいなモンとして存在してる。

たしかに労働だったはずだけど、その労働の結果得られるモノが当たり前のモノになったとき、その労働は消え去る。

でも人間の感覚って相対的なモンで、感覚がシフトして、いままで「つらい労働」と「ふつうの行動」と「楽しい消費」みたいな関係が成り立ってたとこから「つらい労働」がなくなると、「ふつうの行動」が「労働」って感じになって、それに引きずられて「楽しい消費」が「消費」って感じになって、どんどん「楽しさ不感症」になっていく。ひどいのになると、非コミュだかなんだか知らないが、ヒトと酒を飲むのも労働とか言い出す。


狩りをしてたころなんて、狩りなんてのは命がけのやりたくもない仕事だろうさ。イマは文脈上、血沸き肉踊るスリル、みたいな、そういうのはちょっと考えない方向にしてちょ。そんなやりたくもない狩りが成功して、ムラにデカい肉塊を引きずりかえって、それを切り分けて調理するのって絶対「娯楽」だろう。ちょおワクワクするでしょ。苦労して倒したイノシシをいまから食う!そのために切り分けて串に刺してさあ焼くぞオラー!超たのしい。

それがどうだろう、狩りとかじゃなく、魔法の国で、毎朝起きたらムラの真ん中にイノシシの死んだのが転がってるとしたら。「あーあ、こいつ食うためにまた切り分けなきゃなんねーよ…。おい昨日俺がやったんだからお前やれよ。寝てるから終わったら呼んでね。」こんなやりとり、想像できないだろーか。


これとはまた別の話で、カネとかいう無機質なもんがあるから、いろいろ体感的な楽しさがなくなるってのもある気がする。

  • 自分が狩ってきたイノシシを、ムラのナカマがうまいうまい言って食ってる。超きもちいい。隣のゴンタは米を作ってて、その米とイノシシ肉がまたコレ合うんだよ。ゴンタの米はサイコーだよ。感謝感謝!
  • イノシシを狩ってきた。これを店に売ったら一万円だ。とりあえず貯金しとくか。翌日。あ、米きれてら。備蓄のぶんもないから、じゃあ一万円ぶん買っとくか。おーい奥さん!店で米買ってきてくれ!

楽しいのはどっちだろ。


仕事って、なんか就職とかそういうシステムの中で働いてると、まるで「仕事」っていう一定量の定まったパイを取り合うような、そういう感覚になってる大馬鹿者が多すぎやしないか。仕事なんて、他人に何か貢献すれば、それが仕事だろう。他人に愉快を与えて、その対価として自分が愉快になる。前者が「労働」で、後者が「消費」だ。これに限界なんて無い。なるべく多くの他人になるべく質の良い愉快感を覚えてもらえるようなことをする、そうすれば、自分も他人からたくさん愉快な気分を味わわせてもらえるんじゃないだろうか。

社会は大きすぎて、他人が見えない。大馬鹿者は想像力が足りないから、こういうことがわからない。まずは尽くせ、楽しませろ。そしたら返ってくるだろう。コミュニケーションが不足して、なんとなく機嫌が悪くなって、人を悪く言って人に不愉快感を与えるヤツばかりが増えるなんて、ほんっとダサい。人をたくさん不愉快にさせるヤツにはたくさんの不愉快が降り注ぐだろう。それじゃ愉快じゃないだろう。


愉快なほうが好きだな俺は。なんか全然別のふたつのことを語った気がするけど、とにかく愉快なのが好きだ、俺は。

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posted by tsukamoto at 18:57 | Comment(0) | TrackBack(1) | 仕事

2007年05月26日

レストランで働いている。 このエントリーを含むはてなブックマーク

レストランで働いている。場所柄、男性客が多い。

後輩がまた客に告白されたらしい。

周りのスタッフにはストーカーにあったり電話番号聞かれたり・・・

そんなことが頻繁にある。

自分はもう数年働いているが、番号聞かれたことも告白されたことも無い。

仕事ができるのは、自分だ。でも幸せじゃない。劣等感で一杯だ。

いくら仕事ができても、オーナーや同僚からの信望はあつくても、

「○○ちゃんがまた告白されたらしいよ」という話を聞くと、いつもなきたくなる。

後輩に馬鹿にされてるのかなあ。そんな被害妄想を抱いてしまう。

かわいくうまれたかった。

もてたい。

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posted by tsukamoto at 15:52 | Comment(0) | TrackBack(2) | 仕事

2007年05月13日

仕事と適性 このエントリーを含むはてなブックマーク

仕事と適性

その仕事が自分に向いているかどうかっていうときに、作業のタイプに関する適性がまずあって、例えば「人によく会う作業」とか「一人でコツコツやる作業」とかそれぞれに適性があるんだと思う。

でもそれ以外に「その会社が目指しているもの」「事業内容」「その仕事の社会的な意義」とかそういう面に「自分が興味が持てるかどうか」という適性もあるんじゃないかと僕は前から思っていたのだけど、この後者の適性については特に問題にしない人も結構いるんだ、と人と喋っていて思った。

  • そんなことを考えてるのは俺が子供っぽいからなんだろうか(成長度問題)
  • そもそもそのへんのことを問題にしないタイプの人もいる(タイプの違い問題)
  • みんながそんなこと考えてたら世の中回らないという問題もある
    • そうゆうの考えられるのはぜいたくなポジションなのか(ぜいたくさ問題)
  • でもみんな実は世間的なものに合わせているだけであんまし自分で物を考えてない人も結構いるんじゃないかとも思う(世の中バカばっかりだ問題)

みんなどんなこと考えて働いてるのかよくわからない、といつも思ってる。とくに自分のいる組織の人とか、何が面白くて働いてるんだろうな。毎日つまらない会話をして、上から降ってきた作業をこなして、当たり前のように残業して、何となく飲み会に行って別にうまくもないものばかり注文して、そんなつまらなさそうな毎日なのに特に愚痴ったりするわけでもなく生きている。彼らはひょっとして馬鹿なんだろうかとも思う。「これをやりたくてやりたくて仕方がない」とか「これが死ぬほど好きだ」とか、そういった感情を生まれてから今まで持ったことがないんじゃないだろうか、だからそんなつまらない日常に耐えられるんじゃないか、と疑っている。


でもとりあえず今の自分に重要なのは前者の「作業のタイプ」問題かも。そこで後者を変に持ち出すと逃げかもしれない。

http://anond.hatelabo.jp/20070507171147

グダグダ言う前に手を動かすッッ!

いち技術職の考え

http://anond.hatelabo.jp/20070507191550

認められると嬉しい。認められないと悲しい。やっぱ自分の考えや努力を人にわかってもらえるかどうかで、やる気は決まるだろうと思う。

でも。「誰にもわかってもらえないけれど、作者である事を誇らしく思えるようなもの」をつくってみたいなと思う事もあるよ。誰のどんな言葉にも揺るがない孤高の成果。自己満足呼ばわり上等。そんなもの。

(この考えが技術職にとって一般的ってわけじゃないよ)

http://anond.hatelabo.jp/20070507203624

むしろ、わかってない奴に適当に褒められると余計萎える。人間は単純だとか言ってる何様な非技術系とか。

http://anond.hatelabo.jp/20070507204331

人を褒めるにも資格があるって感じることは確かにあるな。

自分がしっかりやれてないのに、できないところを補ってくれた人を褒める気にはなれない。ただただ感謝。

自分も自分の務めをしっかりやってこそ、褒め言葉に価値が生まれるんだね。

http://anond.hatelabo.jp/20070507204331

褒める人間の中にも、馬鹿はいるんだから、そのへんを察して、適当に流すぐらいのことが出来ないのは問題でしょ。

だってさ、褒めの言葉を全てを鵜呑みにしちゃ、良いものは出来ないでしょ?

馬鹿みたいに褒める奴には、過剰なくらいの愛想笑いで返してやるのが礼儀

http://anond.hatelabo.jp/20070507171147

言ってる事は何となくわかるけど、「つまらない日常に耐えられる」というのは生物としての長所かもしれない。「これをやりたくてやりたくて仕方がない」とか「これが死ぬほど好きだ」とか、そういった感情を持たなくても淡々となにごとかをこなしていけるわけだから。上から降ってきた作業をこなして、当たり前のように残業することで、一応何かしらの形で誰かに貢献するわけだから。。。。

例えば、とてもマイノリティな趣味に没頭していたとする。そこで、「こんな面白いことを知らないなんて、世間は人生損してるぜ」と考えるか、「こんな珍妙な刺激を定期的に得ないと生きられない自分は、人生無駄が多いぜ」と考えるか? 私は10代の頃なら前者の考え一色だったと思うけど、最近はほんのわずかに後者の考え方が頭をもたげてきている。

http://anond.hatelabo.jp/20070507210229

元記事を書いたものです。反応有難うございます。

言ってる事は何となくわかるけど、「つまらない日常に耐えられる」というのは生物としての長所かもしれない。

そうなのかもしれません。彼等のことを「ひょっとして何も考えてないんじゃなかろうか」と思ういっぽうで、「偉いなあ。俺にはできない。凄い」とも思います。みんなまるで聖人か何かのように自分を捨てて何かに尽くしているようにも見えます。

ただ、自分にはそれは無理そうだ、という風に諦めてきていますが。。。世の中の多数派から自分のような人間は脱落するしかないかと思っています。

例えば、とてもマイノリティな趣味に没頭していたとする。そこで、「こんな面白いことを知らないなんて、世間は人生損してるぜ」と考えるか、「こんな珍妙な刺激を定期的に得ないと生きられない自分は、人生無駄が多いぜ」と考えるか?

うーん、これは僕は100%前者ですね。「無駄」という風には考えられないかな。むしろそれが「人生の醍醐味」という風に考えてしまう。

結構世の中にはあんまり深く物事を考えない人も多いと思うよ。

posted by tsukamoto at 22:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事

2007年04月25日

ワーキングプア1〜3 このエントリーを含むはてなブックマーク

某、雑貨がたくさん置いてあるサブカル本屋さんの話らしいです・・・。

ワーキングプア1

学生時代も含めると、足掛け5年くらいいたことになる。商業サブカルチャーの発信基地としておなじみの、本と雑貨の店でバイト(結局のところずっとただのバイトだったのだ)していた僕は、貴重な時間をドブに捨てている実感もなく、気が遠くなる程の時間をそこで過ごしていた。


具体的な数字でいうと、僕の時給は600円台前半からスタートし、600円台後半までしかいけなかった。暗黙の了解として、各都道府県の最低賃金に設定されていることになっていたが、明らかにそれを下回っていることは明白だった。幸い、試用期間が終わると600円台半ばになったが、無論それも法律上アウトだった。合法である600円台後半にたどり着くまで3年近くかかり、そこがゴールだった。


単純計算で月200時間働いても額面13・4万という事実が重くのしかかる。そして200時間という労働時間はそこでは甘ちゃんであるということも。確かに、休みが週1日という状況では、いやでも200時間など軽く超えることになる。店の営業時間にもよるが、早番・遅番などという気の利いた制度がない場合は、大抵1日10時間は働くことになるので、都合週60時間、月平均で240時間がデフォルトになる。もっというと、月300時間を越えることが社員への道であるともいえた。


そこはバイトからしか社員登用をしないことが徹底されており(恐らくいまでも)、どんなやり手マネージャーであっても時給5・600円台から始まったということが常識としてまかり通っていた。制度が未発達な企業ではよくあることなのかもしれないが、福利厚生以前の問題にどれだけ目を背けられるかが生き残るコツなのだ。


年収200万円前後のフリーターを量産することでしか利益を生まない体質を恥じることなく、社長は自社のシステムを画期的な経営術であるかのように語った。委託商品である書籍を主な商材にすると薄利多売は避けられないので、比較的利益率の高い雑貨も並行して売ることが基本的なモデルだ。1人の社員+大量のバイトという構成が限界なのは、鉄道グループが資本となっている書店などとは基礎体力が違うことを意味する。


企業として弱いということは悪だ。倫理を排除しなければ存続できない組織など存在するべきではない。不遇な人間を大量生産する責任を企業が負わないことを、不遇な人間が告発しないことも同罪だ。引き返せないと判断した人間だけが残り、引き返せるかどうかはともかく続けられない人間が辞める。僕は後者だ。なんの専門技能もない低所得者がその状況を抜け出すには、いったんそれ以下のラインに落ちる必要があったからだ。

ワーキングプア2

本当のことをいうと、スキルアップ云々はあまり重要ではなくて、単なる逃避であることは自覚していた。交通費や休憩時間のことなど具体的に書くのが辛くなる待遇や、同級生との目に見える所得格差といった山盛りの問題を解決できる日が来るまで、我慢できなかっただけだ。とにかく、「辞めないと俺がかわいそう」という感じだった。


もちろん、社内にも勝ち組と呼べる人間はいた。いうまでもなく社員登用された人たちだ。彼らの収入をいまだに良く知らないが(仲の良かった同僚が社員になれる日まで生き残れなかったのだ)、生活水準は低くはないんだろう。出世するかしないかは運が大きく影響する点は、どこでも同じか。


定期的な異動を伴う点も、労働者に負荷をかける。既婚者も大変だろうけど、未婚者の場合はさらに深刻だ。彼女がいたらいたで一緒について来てくれるのか(そうなると結婚は不可避だ)、いなければ見知らぬ土地で1からスタートだ。神経のある部分を麻痺させないと続けられない偉業だと思う。当たり前だが、会社の金でいろんなとこに住めていいじゃん、といった発想ができる人間ばかりじゃないんだ。


そして、本質的には経済的な問題が待っている。社員になれるまでは、何をどうやったって彼女より収入が低いという事実がついて回るのだ、彼女が同僚でもない限り。ヒモ、とまではいかないが、彼女と協力することでなんとか生活していた人が多かったんじゃないだろうか。事実、一人暮らしをするにはかなり危険なラインの収入・暮らしぶりになるので、最悪の場合、過労や栄養失調も起こりえる。大卒者の平均賃金を引き下げているのは、案外こういう会社かもしれない。

ワーキングプア3

少し遡ると、職場に関するもので一番古い記憶は友人への報告だった。新しいバイトを始めたことを告げる際、当たり前のことだが時給の話になる。言えなかった。「引く」からだ。実際、その前に別の人間にありのままの時給を告げると完全に引いていた。彼との関係がほんの少し変わったのを感じた。


女の子の話ばかりになるが、その当時好きだった子が働いていた店に報告がてら遊びにいった。彼女はフリーターだったが、もちろん僕よりも稼いでいた。僕が言葉を濁すと、悪気はないのだろうけど興味津々で本当の金額を知りたがった。意を決して打ち明けると、彼女のおやつだったドーナツをくれた。これも悪気はなかったのだろうけど、悲しい気持ちになった。冗談を冗談で済ませない自分の境遇と、少なからずそれが世間の正常な反応であることが悲しかった。


もちろん、長い低所得生活の間に不満が消えることはなかったが、置かれている状況よりも恐ろしいことがすぐに訪れた。「奴隷は、奴隷の境遇に慣れ過ぎると、驚いた事に自分の足を繋いでいる鎖の自慢をお互いに始める」というやつだ。今月は○○時間働いたよ(時給は何百円のまま)という会話が、ステイタスとなる。どこにでもある無能な人間の、無能自慢が、はるか底辺で行われていたのだ。


うまくできているもので、不満は長い間抱えすぎると不満としての役割を果たさなくなる。想像を絶する人数が自分と同じ待遇で服従している事実が、生え始めた牙を引っ込める。交渉しても状況がよくなるイメージを持てなくなるからだ。GAPなどの米企業によるアジア諸国での児童就労が問題になっているが、国内の事例にも目を向けるべきだと思う。分かりやすい例えでいうと、中国の会社員の収入と、彼らのそれはとても似ている。


コンビニやレンタルビデオ店といった「学生の就職までの足がかり」(現業の人たちには申し訳ない。悪意はない)とは違った覚悟を、面接時に要求される。が、結果的には自己責任にされる。残るのは、20代半ばを過ぎても職務経験のないトライアル雇用対象者だ。

posted by tsukamoto at 15:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事

if,while,for,,, このエントリーを含むはてなブックマーク

if,while,for,,,

24歳中卒女。ウェブ業界社会人歴6年。転職5回。ずっとベンチャーでガツガツしてきた。

過去にやってきた功績を認められ、新規プロジェクトを任せてもらえるということで

ヘッドハンティング、この春から大手企業に転職。

しかし入社してすぐ本社の方針変更で、専任のプロジェクトがストップ。社内では放置プレイ。

このプロジェクトができたら集大成だ!死んでも悔いはない!と本気で覚悟していたから

どうしてもストップの話をひっくり返したくて提案資料を作成する予定。(いまここ)

これでも却下されたらどうしよう。

もしもの場合ということでボスから、他の業務のサポートにという提案をされている。

それは、やりたいことじゃなお。確かに、今までのベンチャーと違って福利厚生が充実していて

ボーナスもあるし、ここにいれば安泰っチャー安泰。あれ?安泰を求めるために生きてきたんだっけ。

ウェブとリアルをシームレスに!これがしたい。荒波に飛び込みたい!

前の会社の人たちは戻って来いというし、別の会社からもお声がかかってる。

しかし何もせずに会社を辞めるというのは嫌だ。最短記録ってレベルじゃねーぞ。

本来やりたかったことはできなかったけど、また出来ると信じてチャンスを狙って他の業務に没頭するか。

どうする自分。どうする自分。ライフカード並にどーすんのよ!


つ[そのままがんばる] つ[さっさと転職] つ[出家] つ[結婚]

こんなに人生で迷ったことはない。if文書いて実行したい!先読みしたい!

posted by tsukamoto at 11:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事

転職活動をしている このエントリーを含むはてなブックマーク

転職

転職活動をしている。


■今直面した現実は自分にとって酷く悲しいことだったのだけど、だれにも同情なんかして欲しくないから誰にも話していない。友人からの同情じゃなくて、そんなことより可能性が欲しいのが切実。職場ではプライベートと仕事は分けていて自己防衛している。

なわけど、ちっぽけなプライドを保護しつつ、人材紹介業者に利用する前の心構えを3つ。

  • 友人に具体的に相談を求めるべきではない。相談するべきは第三者を利用しあるがままに相談すべき。
  • 採用に際しての負の要因も、正直に伝え相談すべき。
  • 理想像・夢など描いているビジョンと現状をあいまいでもいい、相談すべき。

要望を伝えれば、客観的にもギャップを教えてくれる。

正直に転職理由を話せば、きっと真摯に対応してくれ、信頼関係が気づけてなんでも相談できる。

履歴書・経歴書・ビジョンを伝えれば、客観的な評価を得られ、具体的なアクションが分かる。


■俺の客観的に社会的にちょっと難有りな経歴を人材紹介屋さんに見てもらったら、やはり客観的に社会的に難有りだと指摘していただいた。それは改めて認識できてコレからを対策を打っていけばいいと思うんだ。でも、その話を友達にできない浅はかなプライドが、どうしてもプライベートで壁を作ってしまっているように感じる。取り繕った嘘が重なって、自分が潰れそうになっている。信頼が壊れてしまうんじゃないの?結構がんばっている俺だったんじゃないの?って小ざかしくも見られていた自分に対して、それなりにいい加減にしてたしわ寄せが今来ている。最も健康的な理由から、そうなってしまったのだけど。それで同情をされるのがすごく重い。知らないでいて気にしないで欲しい。そうして晴れて復帰したいってのが一番の願望で、今思っているんだ。

なので、逆に人材紹介屋さんにはすべてを話すべきである。と、今日痛感した。


■だから、これから転職を考えている人へ。

積み重なったり欠勤はものすごく不利であるってことを伝えたい。もしあなたが(遅刻はともあれ)5日以上欠勤していたり休職していたらばらば、それを取り返すには少なくとも10倍の成果と信頼を勝ち取らなければいけない。責任もそれに伴うプレッシャーもあると思うけど、できることは誠実に無理をしないペースで取り組むことだと思う。

「いい加減に見られる職歴は本当に門前払いなのだ。」

|きっと楽観的に自分をケアしてくれる人がいる。同情して欲しくないけど、それが重くなってのしかかって来るんだって感じている。友人ともし話す機会があれば、本来なら照れ臭くても言うべきだとは思う。でもそれは必ずしも友人である必要はなく、個人的には客観的にみてくれる人材派遣屋さんを利用するのが(プライベートのかかわりもないので)多分ベストだと思う。正直に現状を伝えればきっと真摯にアドバイスをくれる。|

正直、俺の場合、今までの失態・信頼を取り返すのに多分一年かかる。



■いいかい、ビジネスにおいて(相談時を除き)同情はしてはいけない。それはその人のためにもならないことで、突き放したところでもそれが現実である。もしもあなたが今うまくいっていないのだったら、余裕が持てる職場に入ってスキルを磨いて、客観的社会的に信頼を勝ちとることが最善策だとおもう。俺はそうしようと思うのです。今までは正直しくじったと痛感している。信頼の回復に一年費やさなければいけないから。


ここを読んだいい加減な人は、どうか考えを改めて少しまじめに働いて見てくれると俺は嬉しい。

posted by tsukamoto at 09:22 | Comment(0) | TrackBack(1) | 仕事

2007年04月05日

無職は危険だ このエントリーを含むはてなブックマーク

無職は危険だ

暇だから、毎日遊びたいんだけど、平日に遊べるまともな友人なんていないから

ついつい2ちゃんとかに書き込んじゃって、OFFとかで人と会っちゃって

やっぱ、平日にこうやって時間が取れちゃう人は、同じ無職か、

そんな無職と遊んじゃうような友達が居なさそうな人で、全く面白くなくて

仕方ないからブックオフとコンビニとMIXIと2ちゃんだけで生活を構成してたら

自分の友達が居ないこととかが気になってきて(どうして誰も遊んでくれないんだ?)

精神病になった!

でも、働いたら解ったけど、みんな電話とか平日の勤務時間帯は取れないし

連絡もすぐ返せないし、そもそも土日しか普通に遊べないということに気がついてから

友達が居ないことを気に病むことがなくなりました!

でも仕事大嫌い!

posted by tsukamoto at 18:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事

2007年03月02日

できる営業職だった父の背中を見て育った。 このエントリーを含むはてなブックマーク

http://anond.hatelabo.jp/20070301212308
できる営業職だった父の背中を見て育った。
学校の成績は良かったが、我ながらおとなしい性格だったので、父のような会社員にはなれないだろう、と小学校高学年の頃に悟った。その頃の将来の夢は考古学者。シュリーマンになりたかった。
それから数年。私が中学生のとき。父、癌を患う。一命は取り留めたものの、落ちた体力では、かつてのように仕事はできなくなる。会社はクビになった(病状の割には長く引き止め、部署を移すなど色々と対策もしてくれたが)。大学時代の友人の伝手で、小さな会社で働き出し、そこでも成果を出すものの、癌の転移が発覚。私が高校の時分に早逝した。
その後、母が生命保険や退職金を切り崩して捻出してくれた金で、出来が悪かったにもかかわらず、私は大学に入学した。小学校時代の神童も、今となっては人並以下。考古学者の夢はとうの昔に捨てていた。折からの不況。まったく学問として興味はないが、手に職のつく資格が欲しい、という甘い考えで入った法学部の勉強は、軟弱で夢想癖のある文学少年には想像以上の苦痛だった。そして、情けないことに、胃に穴を空け、単位を大幅に落とし、留年してしまう。
なんとか四年次まで進級するものの、就職活動でまた胃潰瘍になる。入院。今度は留年こそしなかったものの、就職浪人になる。ただでさえ社交性がなく、新卒の下駄でぎりぎり内定が出るか出ないかの身。カウンセリングや話し方講座なども受けてみるものの、大した影響はなく、どうにも上手く行かない日々。ようやく出た内定は、小さな会社の営業職だった。
それから半年が経つ。やはり父は偉大だった。時代のせいもあるのかもしれないが、この過酷な職業に良く耐えられたものだ。先日、あまりの不調にかかった医者に、軽度の鬱病と診断された。
そんな私の現時点での考え。
不器用で、内向的な人間が、幸せに生きられる場所なんて、この世に、ない。
努力しても、変えられないものが、ある。
母が無事に逝ったら、私も穏やかに逝けたらよい。そんなことばかり考えている。
posted by tsukamoto at 00:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事

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