2007年12月05日

あなたの「思考停止レベル」はいくつ? このエントリーを含むはてなブックマーク

あなたの「思考停止レベル」はいくつ?

判定スタート

望みや欲しいものがある → 自分には無理だ → 思考停止レベル0

実現する方法が分かれば自分にもできるかもしれない

実現する方法が分からない → 実現は無理だ → 思考停止レベル1

実現する方法の見つけ方が分かれば実現できるかもしれない → 見つけ方が分からないから無理だ → 思考停止レベル2

情報を集めれば見つかるかもしれない

人に聞く、本屋や図書館の書籍を調べる、ネットで調べる、色々な世界を見る、等

一つの方法が見つかる

その方法での実現には時間や手間がかかると分かる → これじゃ無理だ → 思考停止レベル3

時間と手間がなんとかなればいいかもしれない

時間と手間を減らす方法はないか → 思いつかないから無理だ → 思考停止レベル4

見方を変えて時間と手間がそのままでも大丈夫な方法はないか

時間と手間が苦にならなくなる方法はないか → 思いつかないから無理だ → 思考停止レベル5

もっと他に方法があるかもしれない

他の方法は無いか探し、知りうる全ての方法について同様に検討する → どれでも無理だ → 思考停止レベル6

将来的にはいい方法が生まれるかもしれない

時間が経つと生まれるような新たな方法の可能性を検討する → 時間が経っても新たな方法は出現しないから無理だ → 思考停止レベル7

良い方法が存在しないのではなく、自分の知識や経験が不足しているために良い方法が分からないだけかもしれない

役に立つ可能性が高いと思われる知識を学び続け、それについて考え続ける → 思考停止レベル8(思考停止せず)


判定結果

レベル0 ~ 2 もう少しがんばりましょう。

レベル3 ~ 5 まずまずです。

レベル6 ~ 7 後一息です。

レベル8 よくできました。

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posted by tsukamoto at 00:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人生

2007年12月03日

私は私のことをします。ですから、あなたはあなたのことをして下さい このエントリーを含むはてなブックマーク

私は私のことをします。ですから、あなたはあなたのことをして下さい

Gestalt Prayer

ゲシュタルトの祈り

(Frederick.S.Perlsの著書より)


私は私のことをします。

ですから、

あなたはあなたのことをして下さい。

私は、あなたの期待に添うために

生きているのではありません。

そして、あなたもまた、

私の期待に添うために生きているのではありません。

あなたはあなた、私は私です。

でも、私たちの心が、

たまたま触れ合うことがあったのなら、

どんなに素敵なことでしょう。

でも、もしも心が通わなかったとしても、

それはそれで仕方のないことではないですか。

(何故なら、私とあなたは、独立した別の存在なのですから)


古川第一朗著、「教会と心のケアー」より引用


人が自分の期待したようにしてくれない時、

私たちは怒ったり、ひがんだり、いじけたりします。

それは、「この人は、私の期待に答えるべきだ」

という思いこみが心のどこかにあるということなのです。

相手が自分の支配に服さなかったことへの怒りなのです。

逆に、相手の期待に答えようとして答えられなかった時は、

自分を責め、自己嫌悪に沈みます。

これは、「私は、この人の期待に答えるべきだ」

という思いこみの結果なのです。

自分の期待に答えることを相手に要求するのは、

「支配」です。

相手の期待に答えることを自分に要求するのは、

「隷属」です。

どちらも人間本来の姿ではありません。

一方は自分を神とし、

他方は人を神とするのです。

私たちは、誰も神としないで、

どこまでも人間として、

そして自分として生きるべきなのです。

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posted by tsukamoto at 00:28 | Comment(1) | TrackBack(0) | 人生

2007年11月26日

自分の過去に関するメモ このエントリーを含むはてなブックマーク

自分の過去に関するメモ

2007年10月、某心療内科にてうつ病であると診断される。

以下その原因と考えられる過去の事象、及び現在進行形で起きている事柄を可能な限り客観的に記述する事で自分自身の再確認を図りたい。

家族構成

厳格な父と、息子を溺愛する母の間に一人息子として生まれる。

両親は婚姻届を出しておらず、私は戸籍上は母の私生児である。

理由は「社会的な規則に縛られない愛の形を体現したい。」という思いから。

つまり、二人は典型的なヒッピーカルチャーの申し子であり、フラワーチルドレンであった。

厳格、恐怖、威圧的、尊敬。

元ラグビー部員でスポーツマン。

映像に関する仕事。

優しい、甘い、溺愛、奔放、社交的。

衣類に関する仕事。多忙。我が家の収入の殆どは母が支えていた。

誰からも愛されるような人物。

幼少時代

二人とも多忙であったため、家族が揃う事は稀であった。

それでも私は母がいればよかったのだが、母も出張等で多いときは半年ほど家を空ける事もあり、その際私は親戚、ベビーシッターに預けられる日々が続く。

母と別れる際大泣きした記憶
知らない場所で朝目覚めた時の悲しさ

だがある時私が大風邪を引き一週間ほど寝込み、その間母が出張するという事があった。

その時私は自分自身の身体的辛さが悲しみを凌駕しており、

「人は自分自身が辛い時はまわりの事はどうでも良くなる。」

と理解する。

以後、一人でいる事は全く苦痛ではなくなった。

小学生時代

多くの人がそうであるように、私も他の生徒と自分とは何かが決定的に違うと感じていた(恐怖)。

それを悟られまいと、校内では誰よりもおどけて見せ、ある程度人気者の地位を確立していた。

その反面、家に帰ると締め切った部屋でひとりTVゲームしたり、父から教わったプログレッシブロックを何度も聞きながら、自分のした事に対する後悔の念にさいなまれていた。

父にとって外で遊ばない事は子供として最大の罪であり、特にTVゲームをしている所をみつかるとこっぴどく叱られた。

無理矢理「子供は木登りをして遊べ。」と木登りをさせられたりしたが、これの何が楽しいのか全く理解できなかった。

中学時代

小学校の延長線上のような生活、アニメ等にも興味を持ち大量に見ていたが同時期に発生した宮崎事件によりアニメ好きへの大バッシングが始まったためアニメ好きであることは隠していた。

不良グループの一部とも付き合い始めるが私自身が不良だったわけではなく、なんとなく面白い奴なので一緒に遊ぼう的に思われていたのだと思う。

この頃一度暴行事件に巻き込まれ初めて警察に捕まり事情聴取を受ける。刑事は後ろ盾が「国」であるだけのヤクザだと感じる。

卒業式の日不良の一人が感極まって泣いており理解できなかった。

そう思うと小学校、中学校と腹を割って話せるような友達は私はいなかったのだろう。

一度だけ異性に告白を受けたが、恋愛どうこうよりも恋愛をする事で周りから冷やかされる可能性の方が嫌で断る。

常に気にするのは周りからの視線。町を歩いても。電車に乗っても。バスに乗っても。

家に帰ったとき「ここまでくれば誰も追ってこない。」と感じる毎日。

高校時代

体育会系の男子校に入学。苦痛。ひたすらつまらない。ノリがあわない。

スポーツマン、不良、オタクの三種類の人間しかいない。地獄のような毎日。休みがちになる。

異性との出会いも無い。中学時代の友人ともつるむも、それもつまらなく感じる。

初恋

この時期初めて異性に恋をする。

父の会社に勤める女性。自分よりずっと年上。

美しいが、それを感じさせないほど純粋な人。

衝撃。嬉しさ。苦しさ。自分の惨めさと対照的な彼女の美しさ。

その人に認められたくて何故かテニスに専念。(当然見に来るはずもない)

父の仕事の関係で夏休み海外の無人島での撮影に家族で行く。

そこで彼女と何日間か一緒に過ごせた事が最高の思い出。

彼女は月や海を見て綺麗と言える人だった。

彼女の近くにいる事が地獄のような日常の中で唯一の幸せ。

変化

大学入学後のある日、彼女が出産したと聞く。

ショックだったが元々彼女は自分にとって雲の上のような存在だったし、彼女が幸せであればいいのだと自分自身に言い聞かせる。

ある日、父と一緒に彼女と彼女の子供に会う。

「抱いてみろ。」と父。

生まれたての子供、可愛い等と感じる余裕すら無かったが、

「可愛いですね。おめでとうございます。」と言ったように思う。

彼女は何故か顔面蒼白で無言。

不思議に思う。

数ヵ月後、母から

「父はもう二度と家に帰ってこない。」

と伝えられる。理解不能。

以後母は毎日泣き通し、私は何が起きたのか理解できず不穏な日々が続く。

暫くして父は私の初恋の人と不倫をしていた事を知る。

私があの時抱いた子供は私の異母兄弟だった。

以後暫くの間、自分が何をしていたのか記憶があまり無い。

スイッチをオフにしたような感じ。

普通に日常生活を送っていたと思う。

ただ、眠る時に毎晩同じ夢を見るようになる。

町を走る夢

町の中をひたすら走っている、何処に向かっているのか解らないが、急がなければ、急がなければ、という酷い焦りだけはある。

走り続けて気がつくと何故か自宅の前にたどり着く。

右手を見ると自分がいつの間にかナイフを持っている事に気がつく。

家からは母と父、そして子供の頃の自分の声。

「ああ、やっぱりな。」

という思い。

玄関のドアノブに手をかけた瞬間必ず目が覚める。

道を歩く夢

何も無い真っ直ぐな一本道を歩いてる。

空は青から黒にグラデーションしている。

自分は全裸。

ひたすら歩いていると遠くから人骨が見えてくる。

人骨を見ながら何故こんな所に人骨があるのか、これは一体誰の骨なのか考える。

暫く考えるうちあるとき突然理解する。

「これは俺の骨だ。俺はもう死んだんだ。」

目が覚める。




目が覚めた後は決まって酷い寝汗をかいており、跳ね起きるようにベッドから立ち上がる。(これは今でも目が覚める時は必ず同じ。)

自分の部屋に鍵をかけ、タオル等でぐるぐる巻きにして、絶対に開けられないようにする。

外から誰が入って来るのを阻止するためでは無く、自分が部屋から出られないようにするためである。

部屋から出るとそのまま台所まで歩いて行き、包丁を取り出してしまう自分が想像できたからだ。

この頃、睡眠への恐怖からの不眠、拒食、ナイフ等で自分の胸を切る自傷行為を何度か行う。

今思えばこの時しっかりとした治療を受けるべきだったのだろうと思う。

だが私はその時全盛期だったレイヴカルチャーの中に飛び込んでしまった。

(ネオ)ヒッピー、トラベラーと呼ばれる人達との付き合いの中でドラッグを覚える。

私は女性より先にドラッグの味を覚えた。

色々な人を見た。

キャンプファイアーの中に自分から飛び込んで大やけどを負った人、トイレの中から「トイレがウジだらけだ!」と叫びながら飛び出してきた人(なんて想像力の無いパラノイアだ。)、ドラックを求めてタイに行き今も帰ってこない人、ごみの山を積み上げて自分は世界一のアーティストだとのたまう人、LSDとヘンプで世界が平和になると本気で信じている人。

つまり私はどこに行っても傍観者だった。

私はあの時破滅したかったのだと思う。

でもそれすらできなかった。

私は彼らが羨ましかった。

その後、そういったものから自然に離れて行き、ドラッグもせず、仕事もし、そして何度か恋と別れを繰り返すうち、自分はもう過去は乗り越えたものだと思っていた。

だがそれから約10年たったある日、また同じような症状が自分を襲った。

愕然とした。

もうとっくに自分の中では決着がついていたと思っていたのに。

ドアを開いたら、また同じ部屋にたどり着いてしまった。

私にとってこれは本当に辛い事だが、現在行っている治療と、自分自身の過去の向き合う事が、解決に少しでも繋がればと思いここに記す。

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posted by tsukamoto at 18:30 | Comment(2) | TrackBack(0) | 人生

2007年11月22日

25歳専門学生 このエントリーを含むはてなブックマーク

25歳専門学生

今ここに俺より恥ずかしい存在は居ない。

なぜなら俺は今日学校をズル休みしてオナニーしまくってる。

一時はする暇無くて1ヶ月くらいしてなかったのに。

3日前から数えると今日含めて17回目だ。

もう水のようなのしか出ない

次出したら勉強しよう→出る→腹減った飯食おう→またしたくなってきた→繰り返し

まさに猿

俺終わったかもしれん

俺より若くて劣等感で焦ってる奴は俺を見て少し落ち着いてくれ

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posted by tsukamoto at 00:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人生

2007年11月19日

あーーーーーーーもう、煮詰まる…… このエントリーを含むはてなブックマーク

あーーーーーーーもう、煮詰まる……

ダメ完璧主義。

いわゆるオールオアナッシング的っちゅーかね。

やるならきっちり完璧に(この完璧にってのは自分にとっての完璧であって客観的なそれとは微妙に異なるんだけど)やりたいけどやらないなら全部投げ出したくなるっていう。

よーするに8割の力でとか7割の力でとかが出来ない。

俺はそういう困った性格。


でそれを時たま相談してみたりもするわけだ、リアルでもネットでも。

でもそうすると返ってくる答えは必ず「8割の力でやればいいんだよ」「完璧主義なんて、いいことないよ」なんだよね。

いや、違うんだって。

「8割の力でやるってのができないから」困ってるんだって!

そんで、「完璧主義なんていいことない」って思ってるから相談してるんだって!

んな、「ニキビがいっぱいあって悩んでるんです」ってな人に「そうだね。ニキビがあるといいことないよね」とか言うかよって話で。なんで更に相談者にトドメさすねんっていう。そんで「これができない」つってんのに「これをやるといいよ」ってトートロジーっつーか、まるで無意味じゃねーかっていう。


んでも、相談すると必ずこの二つなんだよね、返ってくるのは。

俺が聞きたいのはその更に次のことであってさ、そんなことはわかってるんだよ

……っていいたいけど相談者の立場でこんな事を言ったら相手はキレるし、言えないわけで。

結局俺は相談すればするほどトドメさされて傷ついてくんだよね。ってちょっと大袈裟だけど。


相談してる身で言うのもなんだけど、そもそも相談してもアドバイスしてくれる人って本当に少ない。大抵は、単にその相談事周辺に関する個人的な感想を述べてくるだけ。前もって暖めてた持論をばーっとぶちかましたら、それで終わり。それで相談に答えた気になってる。あぁ、相談者として本当こんな事言うのはアレなんだけど。ダメ完璧主義で悩んでます、っつってんのに「俺の周りにも君みたいなやついるけど本当に使えないよ。こういう完璧主義者っていうのは俺的に思うには、完璧主義とかいってるけど結構オールオアナッシングなところがあって云々」ってだからそれを相談してるんだって!!お前の前から考えてたどこからかかじったような持論は聞いてねえって!!あとどうして俺にわざわざトドメさすわけ!?アドバイスの逆じゃねーか!!


……まあ、あれだな。相談って、素人がやれることじゃねーんだなって最近は思ってる。カウンセラーとかいるのはやっぱさ。そういうことなんだなって。プロじゃないとまともにできないんだ。皆会話は普通にできるから相談事も普通に出来ると思ってる奴が多いけどさ。相談した内容に対し(あんまりいい案じゃないとしても)的確に答えられる奴がどれだけいるか。ヘキサゴンのクイズみたいな感じで。賢い奴はたとえ間違っててもまあそれなりに「それっぽい」答えを出してくる。でもバカな奴ってそもそも問題聞いてないだろ、っていう答えを出しちゃう。日本の人物名聞いてるのに、「パソコン!」とか言っちゃうような的外れぶり。それに似てる。

そんで相談に乗る気満々な奴ほど危ない。そう言う奴らは相談に乗って「あげる」んだっていう感覚があるから、自分が「相談に乗ってあげた自分」に浸るために相談に乗ろうとしてるからまずろくな事言わない。相手の言う事をまず聞かない。しかもそういう奴は基本的に自分>>>相談者というヒエラルキーを心の中で築いてるから、相談者に言い返されると下の者が反抗したと同義なのでそれだけで腹を立てるからたまったもんじゃない。あと自分がただ偉そうな立場に立ちたいってだけの奴もそう。偉そうに持論ぶちかましてすっきりしたいだけだから話は聞かないしろくな事を言わない。こういうタイプはある意味これも相談者みたいなもので、皆に自分の持論聞いてほしいだけだから本当鬱陶しい。でも悲しい事に素人で相談に乗ってくれる人っていうとこういうタイプがほとんどなんだよね。特にネット上では。


まあ今のご時勢金を払わず相談をしようなんてほうが虫のいい話なのかもしれないが。


そんで結局俺の悩みは相談することもできずモヤモヤし続けてるんだけどね。

結局自分で答えを出すしかないんだろうけど、この根本的な性格っていうのはそもそも実際本当に治るのかねえ……

本当に自分の性格が嫌になる。こんな性格にしたのは俺自身なのか?環境なのか?生まれ持ったものなのか?

本当「8割の力で」っていうのができない

8割でやってるとわざと力を抜いたところが気になるし

そもそも「どのくらいが8割?」ってのも気になってなかなかすすまないし「均等に8割にしないと」とか結局ほとんどダメ完璧主義的な事を考え始めてしまう。「適当に」とかが一番難しい、適当にってなんだよ。わかんねーよ。マジで(泣)。

そうやって8割でやってるとイライラしてしょうがない

かといって10割でやってるとそれはそれで神経使いまくって(当たり前なんだが)イライラする。

もうマジで嫌になる。相談しても罵られやすい相談事だし(なんか、完璧主義ってのを、「気取ってる」「自分が頭いいと思ってる」みたいに受け取られるっぽい。そもそも全然いい意味で使ってないのに。だから最近は「ダメ完璧主義」って言ってるけどそれでも「こいつ気取ってる」って思われてわざと「完璧主義なんて本当だめだよね」とかアドバイスにもなってない攻撃をされる。本当に嫌になる)。俺だって好きでこんな性格になったわけじゃねえよって叫びたくなる。もう一度氏にてぇ。そもそも面倒くさがりやも俺兼ねてるからもう本当このままだと生きるのが面倒くさすぎるんだよ。人間に生まれてきたのが間違いだった。俺みたいなタイプは。畜生。

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posted by tsukamoto at 04:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人生

2007年11月16日

天才っていますか このエントリーを含むはてなブックマーク

http://anond.hatelabo.jp/20071112084432

森鴎外


医者の息子として生まれ、幼少期から神童と呼ばれ、医学を学ぶために10才からドイツ語を学び13才で年をごまかして第一大学区医学校予科(現在の東京大学医学部)に合格、19才で卒業。陸軍軍医として勤務。


その後も政府内の超エリートとして順調にキャリアを重ね、陸軍では日露戦争にも出征し軍医総監、一方文学者としても活発に活動し、最終的には文学博士であり医学博士であり、退いて後も帝国博物館総長兼宮内省図書頭として正倉院の調査に着手、明治の元老山県有朋と交友があり日本の元号のあり方にも一家言あり、また初代帝国美術院院長もつとめた。もちろん翻訳家、創作家としても名高い文豪であり、また大正の浪漫派を主導した雑誌「スバル」を強力にバックアップしたりもしている。まさに近代日本の根底を支えた最大の知識人、つーかバケモノ。


では頭でっかちの野暮天だったかというとそうでもなく「4才で初恋を経験した」と主張する彼は、留学したドイツでは女の子をひっかけこれが日本についてくる騒ぎとなり、最初の妻とは離婚したが18才年下の嫁を貰って子供を4人作って大変愛した(長男は最初の妻との間の子)。


そして、それでも本人はあんまりこの世が幸せでなかったらしく、死ぬときはそういう肩書きの類一切を固く拒否するという遺書を残した。欲の深さも天才級。


まあそんなわけで……結論はなんでしょうね。

こんな天才と比べたら、って、なんだか比べるのも馬鹿らしくなってくるというか。


まあほどほどが一番という、きわめて庶民くさい結論で納得しとけってことでしょうかね。

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posted by tsukamoto at 08:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人生

自尊心をもつには このエントリーを含むはてなブックマーク

自尊心をもつにはそれ相応の根拠が必要です。

リア充と呼ばれる人たちが自己肯定的なのも当然であり、

社交性や他者からの好印象、華々しい人生の歩みこそが

彼らの自尊心の根拠なのであります。

翻って、私のような者には屑のような人生経験しかありません。

リア充は私ももっと自尊心をもつように言うのですが、

それはどだい無理な話です。

自尊心をもってよい根拠がないにもかかわらず

どうやって自尊心をもてというのでしょう。

根拠のない自信は醜悪で、とうてい許されないはずです。

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posted by tsukamoto at 06:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人生

2007年11月11日

叫びの資格 このエントリーを含むはてなブックマーク

叫びの資格

自分の生き方に「何か」がある人は、ちゃんと「生きてるぜ!」って人は、ブログやってもやっぱり面白い。面白い文章、素敵な文章はやっぱりその人の内面から滲み出るものだし、逆に言うと内面がつまらない人は文章だってつまらない。どんなに表現が流暢であっても、所詮小手先でしかない。そして私の文章はそれだ。

私はつまらない人間だ。結局自分のことしか考えてない人間だ。他人のことなんて考えたことあったかな。他人のために何かしてあげようなんて思ったことがない。チャリティもボランティアも嫌いだ。「外見はいかついけど、ボクたち/ワタシたち、中身は良い子なんです!」「友達は大切!みんななかよく!愛ってすばらしい!君の事永遠に愛してるよ!大切にするよ!」的な歌と歌い手には虫唾が走るし、そんな歌が好きな人達もどこか馬鹿にしてるところがある。でも世間ではそういうのを好きな人の方が多いみたいだから、私はきっと間違ってる。でもそんな「間違ってる私」に優越感を感じている私は心が狭くて卑怯でこずるいし、馬鹿だ。私がもっとも駄目なところは、臆病なところだ。私は好きな人がいてもその人に自分を見られたくないと思ってしまうところだ。好きな人っていうのは恋愛的な意味じゃなくて、例えばはてなとかでもかっこいいなあ、素敵だなあ、と思うブロガーの人がいるんだけど、でもその人とお近づきになりたいかっていうとそう思わなくて、できるだけその人に見られたくないと思っちゃう。好きなものには近づいたらいけないな、と思う。私がつまらない人間だから。私が好きになる人はみんな感性が鋭くて頭の良い人ばかりで、そんな人に私の姿を見られたらその人は間違いなく私の着ている服の出来が悪いことも、そしてその出来損ないの服の下にプライドの脂肪に包まれた醜悪な裸があることも見抜かれてしまう。好きな人に失望されることを考えると気も狂わんばかりに辛い。それこそ比喩でなく死にたくなると思う。
私は頭の悪いどんくさいプライドばかりが高い口だけは達者で行動を伴わない、駄目な人間だ。そしてそれを改善しようとする努力もしない。もう23歳にもなったら変えようが無いなとちょっと思ってる。そういうだらしないところも嫌いだ。自分に自信なんて全く持てない。どうしてみんな自分のことに自信が持てるかわからない。でも自尊心だけは強くて、傷つけられることに敏感で、でも優しい言葉を掛けられたら「そんなのは気休めだ、本当の私のことなんて誰も分かってくれない」って思うようなやつだ。気まぐれで、昨日言ってたことと今日は正反対のことを言うようなやつで、人の意見に流されやすいいわゆるスイーツ脳で、なにか辛いことがあるとすぐ萌えに逃げる腐女子で、実は下ネタが好きでいっつもエロいことを考えてるくせにそんなことについぞ興味が無いような顔をして生活をしてて、好きなことを好きって言うのに時間がかかるし、自分の好きなことを人に主張することや人に(特に親に)「あんた○○が好きなの?」って指摘されることが死ぬほど恥ずかしい気持ちになるからこそこそ隠れて楽しむような小さい人間なんだ。こんなやつのことを好きになる人間なんて頭がおかしいか、私と同じでよっぽど他人のことがどうでもいいか、博愛主義者すぎるかだ。

心がヒリヒリする - 平民新聞

この文章を読んで私は本当に感動した。なんて素敵な文章なんだろう、なんて熱い、格好良い。伝えるということは世界に対する叫びで、この文章は叫んでいる。深夜の居酒屋で静かにビール飲みながら、叫んでる。
でもこうも思う。叫べる人間には叫べる言葉があるんだ。叫ぶための筋肉が腹についてるから叫べるんだ。それを培うのは決してネットじゃない。いったいどんな人生を、現実の世界で、生きてきたか。きちんと生きてきた人間なら、みんな一度は叫べる。どんなにつまらない凡庸な人生の、平凡と人には取られるかもしれないたった一ページのことだとしても、それは素晴らしいものになって誰かの心に届く。でもきちんと生きてない人間は、駄目だ。友達も少ない、一対一でしか友達と付き合ったことのない、恋愛経験なんてもちろんない、本も人並み以下にしか読んでない、映画も、漫画も、音楽も、浅すぎる人間には駄目だよ。私には叫べない。私の叫びは、私の血は薄すぎて、ヒリヒリなんて全然しない。本当につまらないしょっぱさしかない。

こんな私でも、こんなに卑屈で捻くれてて意固地な愚か者でも、それでもまだ、叫んでいいのか?!叫ぶ資格があるっていうのか?!怖いから自分のダイアリーじゃなくて増田で、推敲もせずぎゃんぎゃんわめきたててるこんな臆病者の私が!

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posted by tsukamoto at 19:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人生

2007年11月08日

お前ら耳を傾ける相手を間違っているぞ このエントリーを含むはてなブックマーク

お前ら耳を傾ける相手を間違っているぞ

プライベートモードに逃げやがった。 ←すまん、これは俺の馬鹿な間違い。リンク先を間違えていた。逃げたなどと言って本当に申し訳ない。

http://d.hatena.ne.jp/hashigotan/

http://b.hatena.ne.jp/hashigotan/

http://blog.goo.ne.jp/funamushi2/e/58d690dcf02e90a53f5a15310a81f6c2

こいつの「幸せな奴が憎い」エントリが炎上するかと思いきや、どいつもこいつも同情的でびっくりした。お前ら狂犬のあしらい方間違ってるぞ。そいつがどんな不幸な道を歩んだかなんて関係ない。もちろん、誰だって人の不幸をねたむのは自由だ。好きに腹を立てればいい。不幸な境遇の奴には同情する。だが、相手に向かって「お前、俺たち不幸な人間のために謝れ、すっこんでろ」などと言い出したら、そいつはもう狂犬だ。狂犬として扱えよ。

なにが、「考えさせられる」だよ。

生まれてくる子供は祝福されるべきなんだよ。理屈なんかいらねぇ。自分が子供を作れないと嘆くのも、人を憎むのもいい。だが、のこのこ出かけていって子供を授かった人に怨嗟の言葉を投げつける奴は狂犬でしかない。そんな奴の言葉を聞くな。そんな奴の言葉に納得するな。

俺は全盲ブロガーのエントリーを読んでいたことがある。そいつは自分の無力さを嘆きながらも、外の世界に出て行き、挑戦し、淡々と日々の営みをつづっていたよ。一言たりとも、健常な奴に当り散らしたりしなかったよ。俺はそいつのことを思うと写真を掲載するのが少しつらかったけど、そいつは他人の写真エントリについて批判めいたことは何も言わなかったよ。

だが、お前らは苦難にあいつつも毎日を淡々と生きていこうとしていく奴のことなんか見向きもしない。耳を傾けるのは狂犬の遠吠えばかりだ。

上を向いて歩こうとしている奴の脚を一緒になって引っ張るんじゃねぇよ。

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posted by tsukamoto at 16:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 人生

どうして他人の幸せを祝福することができないのだろうか このエントリーを含むはてなブックマーク

どうして他人の幸せを祝福することができないのだろうか

after game overで「ある個人史の終焉」が投稿されたのは10月16日。


はてなブックマークのこころないコメントのせいで、今はもう「ある個人史の終焉」を読むことはできない。

だが、こうなることを予測してあらかじめ魚拓を取っておいた。→(魚拓)ある個人史の終焉


ある個人史の終焉」の内容を簡単に説明しておく。

「まぢ泣ける内容」だ。

今時のケータイ小説にあるような、それでいて実話の、とてもとても泣ける話だ。感動する内容だ。


だが、はてなブックマークをつけた人たちのコメントはどうだっただろうか。

はてなブックマークでは、他人の幸せを祝福できない傾向にある。

他人の幸せを憎む人さえいる。


それは、はてなブックマーク - ある個人史の終焉 - after game overを見ただけでもわかる。


あなたの目でもう一度確認してもらいたい。

・2007年10月17日 rAdio それでも俺はあえて言う…しねばいいのに、と。他人の幸福は大嫌い。他人の不幸は大好きさ。全てのモテ人に、等しく速やかなる死を!

・2007年10月17日 kozara 親の愛や親になった喜びを手放しで称賛する姿勢は大嫌い。「今この時だけは」なんて認めない。人を殺す以上の覚悟を持って親になってください。新しい生命の誕生ってお祭りの生贄は生まれてくる子供です。

・2007年10月17日 tetracarbonyl thinking 類まれなる文章力に騙されるな!

・2007年10月17日 y_arim blog, life, けまらしい 残念ながら非モテにとってはいかなる意味でも共感することができない。

・2007年10月17日 I11 彼女が泣いた理由は喜びだけではないだろう。不妊という世間の偏見を背負う不幸や悲しさの涙も含まれていたのではないか。妊娠して幸せが訪れたのは喜ばしいが妊娠しなかったら不幸なままというのは悲しすぎる。

・2007年10月20日 dokumenta 素人にしてはうまいけどベタベタ。予定調和な名文。こういうのを読んで感動するんですね、ネットの住人たちは。かくいう当方はちょうど産後4カ月になろうとしている双子の父親ですが何か?

・2007年11月04日 hashigotan 苦労知らずの糞餓鬼 一行も読んでないけど周囲の反応だけ見て一言。 子供産めない女に土下座して謝れ、チンコやマンコに問題抱えて苦しんで生きてる男女に土下座して謝れ。いい気になるな、三日以内に消えろ。世も末だな

・2007年11月06日 go_to_hell 事情があって俺は決して子を残すことができない。うれしがるのは勝手にすればいいが、この文を読んだことで俺は思いっきり胸糞悪くなったよ。

・2007年11月07日 kfujii 文章 まあ、おめでとうはおめでとうですが、正直この文章はちょっとキモいな、と思う。

・2007年11月07日 temtan 文学, 文章 普通の小説やん。いや、結構まわりくどいな。ってことで、この子がDQNに育ちますように。

・2007年11月07日 umeten ネタ, 死ねばいいのに その子供が。そうなったところでこの人は何も変わらないだろうしな。まったく問題なし、というわけだ。 ←とはいえ、ひどい言葉だ

これが現実なのだ。

はてなブックマークを使って、相手を傷付ける人たちが後を絶たない。


「三日以内に消えろ」この言葉は、胸に響いただろう。

三日以内に消えることは無かったが、結局消えることになった。

普通のブログの普通の文章が消されただけではない、

2007年10月18日 ki-ku 育児, 出産  残して欲しい名文章。

後世に残して欲しい名文章が消されてしまったのだ。


生まれてくる子供が文字を読めるようになっても、ブログに投稿され、皆を感動させた名文章を読める日は一生来ない。


はてなブックマークコメントのせいで、この世から名文章が一つ消えてしまったことが不憫でならない。

更新され続けるブログの中に書かれた、たったひとつの文章が持つ意味。

もっと大切にしてあげてはどうなのだろうか。

他人の幸せを素直に祝福してあげてはどうだろうか。


近いうちブログ自体も閉鎖されてしまう。

とても残念なことだ。

私は今、「ある個人史の終焉」を読んだときと同じか、それ以上の涙を流している。

涙は流れているけれど、あの時と今とで、涙の質が全く違うように感じるのはなぜなのだろうか。

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2007年11月07日

成長する子供がまず知るべき事実 このエントリーを含むはてなブックマーク

成長する子供がまず知るべき事実

無知な子供が社会人になるステップの盲点。一言でいえば「甘くない」に尽きますが、ちょっと思ってたことを整理。

自分は「特別」ではない

子供は学校や親に保護されているため、世間知らずで知らずしらず「自分は特別なんだ!」と思いがちです。しかし現実はそんなことありません。「自分だけがー」と自己中心的なheroic妄想は現実には成り立ちません。そんな身の程知らずの子供が横行して様々な問題を引き起こすことがありますが、現実社会はそれが容認されるほど甘くありません。自立し自分の存在を客観的に把握し、真摯に受け入れる必要があります。

馬鹿はいかなる理由があろうと優遇されない

能力の無いものはいかなる理由があろうと、社会では尊重されない。馬鹿にされるのが嫌ならば自らが勉強し知恵をつけるしかない。

情報はまずは疑え

特に世間に無知な子供には悪質な商売が寄って来ます。そうでなくても、基本的に世界の人間は相手を欺き自分に都合の良いように引水したがります。無知な子供はまず情報の信憑性を判断する情報判断能力、所謂メディアリテラシーが必要になります。

言い訳・屁理屈は通じない

例え成果が上がらなくて言い訳をしたところで、誰も相手にしてくれません。相手との関係を切られるだけです。


大人が皆見習うべき存在とは限らない

子供は大人を見習えとか言われることがありますが、殆どの大人など上位学生より見習う点がありません。徳もなければ倫理感もないかもしれません。そもそも、大抵の職業に必要な知識などそう広範囲ではないのです。よっぽど学生のほうが物知りでしょう。大人は自立しお金は稼いではいますが馬鹿です。また、大人の言うことが必ずしも正しいとも限りません。その裏には何らかの利益や都合絡みの理由があるのかもしれません。注意しましょう。

法律を知りなさい

大人として認められるためには、以上の様な疑心と様々な教養が必要です。しかし、そうでなくても、大人の間違った行為を糾弾するためには法律を使うことが有効です。相手が大人だからといって相手の理屈に合わせる必要はありません。法律がある程度の正しい答を導いてくれるでしょう。


本を読みなさい

幾ら自分が問題のある状況に置かれていても、それを解決する策をしらなければどうしようもありません。ただ泣き寝入りするだけです。本には様々な情報が書かれています。少なくともそれは何かしらの参考になるはずです。調べていくに従って、より適切な情報を選択できるようになればよいのです。

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2007年11月06日

他人のために生きるということ. このエントリーを含むはてなブックマーク

他人のために生きるということ.

たぶんだけど,人間って自分のためだけに生きていたら人生に意味を見出せなくなってしまうんじゃないかと思う.

自立しているというのと孤立しているというのはちょっと意味が違うよね.

孤立してしまうと,生きていようが死んでしまおうが(他人に)関係ないってことになる.


汝,隣人を愛せよ.ってのは,孤立しないためのひとつの方便なのかもしれない.

自分のことばっかり考えているよりも,他人にどうやったら喜んでもらえるだろうかって考えているほうが人生楽しく送れる気がする.

なぜかって言えば,フィードバックを得られるから.


自分自身の場合は,思いどうりにいったとしても,それはイメージの枠を超えない.

でも他人の場合は,思いどうりにいっても,いかなかっても,なんらかのフィードバックを得られる.


それが喜びのフィードバックだったら,自分自身もびっくりするくらいうれしくなってしまう.

それが負の感情のフィードバックだったら,自分自身もびっくりするくらい落ち込んでしまう.


負の感情のフィードバックをそのまま受け取らずに取捨選択して受け取る技術も必要だが,ここでは割愛.

言いたかったのは,それくらい他人からの影響は大きいって事.


だから,もしいま君が人生の意味ってなんだろう???って悩んでしまっているならば,そんな思考はストップさせたほうがいい.

なぜなら,たいていそういうのを考えるときって,自分ひとりのことしか考えていないから.


だから,そういうときは誰か他人のお役に立てるようなこと,他人が喜んでくれるようなこと

そういうことを実際にやってみるといいと思う.


もし君が実際にやってみたら,そしてそれを他人に喜んでもらえたら,その一日,ちょっとは楽しいものになると思う.

人生ってそういうものの積み重ねでもいいんじゃないかな?

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2007年11月01日

永遠に関するつぶやき このエントリーを含むはてなブックマーク

永遠に関するつぶやき

僕には、みんなが普通に生活を送っていることが

ときどき、とても不思議に感じられる。


人はいつか死ぬ。

当たり前のことだけれど、

しかしゆるぎない真実であって、

これが僕にはひどく恐ろしい。

死の痛みは怖くない。

自我の喪失は怖い。

怖いけれど、僕が本当に怖いのは永遠だ。


幼稚園か小学校低学年の頃、

テレビでサンタクロースの人形劇をやっていた。

サンタクロースは子供好きなただの老人だった。

みんなにプレゼントを配っていた、やさしい老人だった。

やがて、サンタクロースは天寿を全うして死んでしまう。

神々は会議を開いた。

老人のような神、黒い山羊の姿をした神がいたのを覚えている。

神々は話し合う。

我々には永遠の命があるが、人間はいつか死ぬ。

私たちから見れば、人間の一生はあっという間だ。

しかしサンタクロースをこのまま死なせるのは忍びない。

そうだ、永遠のローブを与えよう。

永遠のローブをまとえば、永遠に生き続けることができる。


かくしてサンタクロースは生き返り

世界中の子供たちに夢を与える存在となりましたとさ。

おしまい。


僕はこの物語を見て、「死」というものを理解した。

自分がいつか消えてしまうということを知って、

その夜、枕を涙で濡らした。




小学校高学年になって、手塚治虫の「火の鳥 宇宙編」を読んだ。

その物語の中で、宇宙船にトラブルが起きてしまい、

乗組員それぞれが一人乗りの船に乗って、脱出するというくだりがある。

そして、その中の一人は、軌道がかすかにずれてしまい、

みんなと一緒の方向に行けず、宇宙の果てまで孤独に流れていくこととなる。

別の一人は、惑星の引力に捉えられてしまい、永遠にその星の周りを周ることになる。


マンガとはいえ、「永遠」というものを肌で感じられたような気がした。

永遠ってなんだ。

永遠とは「終わらないこと」だ。


つまり、死んだ後も、その状態は終わらないということ。

永遠に続くということだ。

永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に、永遠に・・・

死に続ける。


死ぬということは、消えるということはそういうことなのだ。

そして、永遠の命を得ようとも、

天国や地獄があろうとも、

幽霊になったりしようとも、

輪廻を繰り返そうとも、

永遠からは逃れられない。

空想の世界でさえ、永遠から逃れることはできなかった。


それからは、そのことを忘れるように努めた。

思春期、ときどき授業中などに思いだしては、身を震わせて恐怖した。

そしてすぐに頭から振り払った。

まともに考えていては、頭が狂ってしまいそうだった。


そうしたまま、逃げ続けて現在に至るのだけれど、

今でもまだ夜中に恐怖にかられることがある。

その恐怖は、衝動的と表現しても差し支えないくらい、強い。


どうしてみんな、普通に生活していられるんだろう。

たしかにどうしようもないことだ。

だけれど、このことについて語る人はあまりにも少ないし、

誰もあがこうとしていないように見える。

みんな、僕のように逃げ続けているのだろうか。

それとも、折り合いを付けているんだろうか。

僕には到底マネできない。

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2007年10月28日

こういう奴が自殺をするのは必然 このエントリーを含むはてなブックマーク

こういう奴が自殺をするのは必然

■小学生時代

・1-3年生

モテ期。入学早々ファーストキスを経験し、

多数の女の子とディープキス紛いのチューをする。

自分でもよく覚えてるなと思うよ。

小さい頃は可愛かったんだ、俺。

年を経るごとに劣化していったけど。

・3年生

自転車を両手を離して運転し、曲がり角で転倒。

頭部を強打して一時意識不明に。大事には至らず。

左指にアトピー性皮膚炎発生。

母にガミガミ言われ泣きながら学校の宿題をこなす。

・4年生

2学期の半ばという中途半端な時期に転校することに。

転校先のクラスに馴染めず登校拒否気味。

その所為か母が勉強についてうるさく言わなくなる。

実は転校する必要が全く無かったということを成人してから知らされ、

考え無しだった父親をちょっと恨む。

・5-6年生

気の合う友達ができ、調子に乗り出す。

それが原因で一時、いじめられたり孤立したり。

ある女の子と良い雰囲気になるも、

気恥ずかしくて徐々に疎遠に。

■中学生時代

・1年生

そこそこまともなクラスでそこそこまともに過ごす。

小学生の時に良い雰囲気だった女の子に告白されるも、

照れくさくて断ってしまう。

・2年生

クラス替えでヤンキー満載のクラスになり、悪い意味で影響を受ける。

反抗期も重なり、家族に八つ当たり。

それまでほぼ直毛だった髪が酷い癖毛になる。

さらに顔中にニキビ発生。出っ歯も相まって酷いツラに。

鏡を見るのが嫌になり、ますます捻くれる。

・3年生

学校にコンドームを持っていったら神扱い。

エロ=俺みたいな感じになる。

日本人の半数は仮性包茎であると知り、

頑張ってチンコの皮を剥く。

この時痛みに耐えて頑張ったことで、

俺は脱包茎を果たした。

英語の中間テストで19点という成績を残す。

「俺はやれば出来るんだ」と思い込み、勉強をサボる。

(実際、気まぐれでちゃんと勉強すれば90点台は取ってた辺り質が悪い)

勉強不足+担任に嫌われて低平常点、という現実により、

偏差値の極めて低い高校に進学。

■高校生時代

・1年生

友達少数。卒業するまで友達増えず。

面白くないので部活に精を出す。

勉強はそこそこ真面目にこなす。

花粉症になる。山の上にある学校だったからなぁ。

・2年生

部活の顧問が転勤し、廃部になる。

やる気無くす。

アトピー性皮膚炎がほぼ治る。

・3年生

学校サボりまくり。特に1時限目。

日本史の授業だけはちゃんと受けてた記憶有り。

「俺はやれば出来るんだ」という勘違いを捨てきれず、

有名大学を受験し、当然の如く落ちる。

■フリーター時代

・1年目

バイトしながら予備校に通うという何とも無茶な行動に出る。

そこで中学2年生以来ひさしぶりに真面目に勉強し、

脳力が衰えていることに愕然とする。

(俺はやっても出来なくなったんだと気づいたわけ)

脳みそは使わなければ退化するんだという現実に目を背け、

バイトに明け暮れる。

・2年目

ひたすらバイトに精を出すが、年末が近づくにつれて、

「このままじゃヤヴァい」という思いが強くなり、

専門学校に入る手続きをする。

成人の日はバイト。

そして専門学校の入学試験の日に、とある難病を発病。

朦朧とする意識で何とか試験を受け、帰宅後すぐに病院へ。

翌日入院、即手術。

学校には通わず入院を続けた方がいい

という医者の意見を無視して専門学校に入学。

■専門学校時代

・1-3年目

痛い、苦しい、しんどい、辛い、そんな3年。

引きこもり気味になり対人スキル低下。

・3.5年目

半年留年。

■社会人一日

卒業後、中小IT企業に入社。

どう見ても偽装請負。一日で辞める。

■退職-現在

ニート化。

癖毛がマシになり、直毛に近くなる。

髪の色が茶色っぽくなってきた。何故?

ニキビも若干痕は残ったけどきれいに治った。

求人誌を見ながら「この先どうすっかなー」と考え、

「そうだ、死ねば万事解決じゃね?」と思いつく辺り、

俺って冴えてるなーと感心する。

そして即首を吊り、失敗する間抜け。


24歳ニート童貞病人なんて奴は士んだ方がいい

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いわゆるメンヘラになって以来 このエントリーを含むはてなブックマーク

いわゆるメンヘラになって以来

出来るだけ他人様に迷惑をかけないようにと心がけて今まで生きてきたつもりだったけれど

母親をしょっちゅう泣かしている事に今しがた気付いた!

うわー!!!


現状に焦って仕事始めるんだけどすぐに精神的に行き詰って辞めざるを得ない状況になってしまう。

気長に通院して治すしかないのかな……でも後2年で25歳なんだよね。

母は「その内あんたに合った生き方がきっと見つかるから大丈夫」

って言ってくれるんだけれども、これってただの希望的観測だよねー。


普通に考えて週5日フルタイム残業なしの働き方でストレスから身体症状に来て

ある日ベッドから起き上がれなくなるとかアレだよね。


客観的にはそんな大した理由じゃないんだけれど自分としては辛い、みたいな状況になったけれども

「甘えちゃならん」って思って自分なりに頑張ってたら

2週間目で上記のような体たらくになりました。こんなのってない。自分の身体(と脳)に裏切られた。


そんなこんなで勤め先を逃げるように辞めたのが先週の話。

まだ体調がすぐれないので家にいる。

こんな、親に見離されたらその瞬間まともな生活ができなくなるような現状なのに

死にたいとかはカケラも思わないのが何よりも癌。家の癌。社会の癌。

病院行ってるけど治る気がしない。

だって病気じゃないって言われた。

生活立て直そうと思っても無理。

「心がけ」が実践に移った途端「強迫観念」になる。

結果反動でまた引きこもる。


明日が来るのが怖い。

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調子よくいってると このエントリーを含むはてなブックマーク

調子よくいってると

「あっ今俺調子いい」って気付くと、嬉しい反面、このいい調子が悪くなる事が怖くなる。

だから今調子がいいことに気付きたくない。大抵俺は自分が調子いいことに気がつくと、すぐにその後ダメになってしまう。

調子がいいとき、調子が悪くなることが怖くなって、それを気にしすぎる余り結局自分から調子悪くしちゃってるのか、

調子がいいと気付いた後は大抵調子が悪くなると自分で思い込んでるから結局そうなってしまうのか……

どうなのかはわからないが、何にせよ自分自身で追い詰めていることは間違いなさそうな気がする

幸せだと感じてもその感じてしまった瞬間、自分の中で幸せさを中和してしまうように嫌な事ばかり考える。嫌なことばかり考えるとそういう風に動いてしまうのか結構それが実現してしまい、実現してしまった時に自分がそういうことばかり考え行動したせいではないか、だから考えるなと言ったのに、と自分を責めネガティブモードに入ってしまう。

どうにかしたい。どうにかしたい。


軽い予期不安というのだろうか、とにかく先の事が怖くて仕方ないのだ。多分。性根が。

何にでも保険を敷きたがるし保険がないと怖くて動けない。保険がないなら怖くていっそ死んでしまいたいと他人が気けば本末転倒なことも普通に考える(しかし実際に死ぬ事を考えるとどうせ怖くて死ねないのだろうから、そこを自分でもよく分かっているからこそのかりそめの死への逃げなのだろうが)。


そもそも「調子がよいということは、実質何もやっていないのではないか」と言う不安に陥ることもある

例えば勉強の調子がよいとき、「自分が勉強がスイスイ進んでる、と感じているという事は、できる問題だけやっているということで、実は実質何の勉強にもなっていないのではないか」などと「そもそも調子がいいということは実ははかどっていないのでは」という考えに勉強だけでなくなんでも囚われる。楽に進んでいるという事は、頭を使っていないのではないか?という方向に考えてしまう。そもそもそうすると「楽なときはダメなんだ」という事になってしまいどの道なんであれ苦しいということになる。これでは自分で自分を苦しめているようなものだ……


ええい畜生、なんで俺はこうなのだろう。自分の性格に腹が立つ。

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2007年10月26日

思考の果て このエントリーを含むはてなブックマーク

思考の果て

ネットをしていると普段自分が考えていた事と同じような考えを見かける事がある


case1:私の場合

  • 「文章を書くときに別れるタイプ」という論
    • 思った事をたくさん書いて後で添削するタイプ。
    • 文章を頭の中でよく練って一気に書いていくタイプ

  • 「webコミュニケーションの限界」という仮説
    • 内容を要約するなら「ウェブがどんなに発達しようとも結局は実世界には勝てない」というもの

を見た時は驚いた


(おそらく)どこかの全く知らない赤の他人が自分と全く同じ理論をネットで表明しているのだ。育ちも環境が全く一緒というのはほぼあり得ない。違うはずなのに思考の行き着く先が合致したのだ

当たり前の事なのかもしれないが凄い事である


飛躍して…

物事を考える時には多種多様の意見が出る。そしていずれは全ての意見の中心(曖昧とも妥協点とも)で落ち着く。または証明されて定義として残る。いずれにせよ行き着く先は一つになる訳だ。(前者はかなりぼやけた物になるが。前者もいつかは後者に変化するものと考えられる。)


さらに飛躍して…

世の中の全ての事象が上記の後者によって「点」として定まるとする。そこで何が起こるか。再びその「点」に、「全ての点(意見)の中心をとろうとする力」が働くのではないだろうか。その「全ての点の中心」こそが言うなれば「真理」という事になるのだろう


今、ここに非常に興味がある


たぶん何千、何万いや何億年かけても辿り着けないであろうが、その真理とやらにぜひとも一度謁見してみたい


※余談

(あやふやだけど)漫画のナルトでオロチ丸が「この世の全てを知りたい。」みたいな事を言っていた気がするのだけど、これに結構同意。「真理に出会うには人の命は短すぎる」ていうのにも同意。そのために人を利用するのはナシだけどね


mixiにこんな日記書いたらマイミクは引くだろう。でも、奇天烈な事を思う夜もある



増田っていいものですね

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2007年10月25日

適当 このエントリーを含むはてなブックマーク

適当

皆は強いな。働いてる人って強い。私は駄目だ。人も不慮の死も怖い。

皆辛いならどうして子供産むの?母に聞いたら「欲しかったから」って言ってた。

産まれた時はそれはそれは嬉しかったんだって。でも今は凄く苦しいんだって。

何だか奈落に落ちてみると世界が違って見える。あぁそうか、だから皆荒んでたのかって今更気付く。

昨日夜中に変なサイレンが聞こえて恐かった。戦時中のサイレンみたいだった。

おかしいな・・・もっと幸せに生きていけると思ってたのに・・・可能だと思ってたのに。

「もう悩まないで、きっと良い事あるから」なんて嘘なんだ。醜い物全てが本当なんだ。

どうして最初からそう教えてくれなかったの。我侭に育っちゃったじゃない。

どうして駄目な血筋なのに産んじゃったの?またこんな子が生まれるって分からなかった?

孤独だ。家族は家族で想い合ってると思ってた。でもほらやっぱり本性が出てきた。

皆鬼だったんだ。でも私も鬼だな。

友達もいないし家族ももう絆無いし相談する相手もいない。

無理だ。自分をコントロールできない。

選択肢は狂うか人生捨てるか開き直るか苦しみ続けるか死ぬか賭けをするか。

どれも悪魔の潜む恐ろしいカードばかりだ。

家族物のドラマって嘘物なんだ。だって本当に困った時は助け合わないもん。

ドラマの中の家族って、恋愛や喧嘩とか結構幸せの中にある物の中で悩んでるじゃない。

生きるか死ぬかとか豹変とか裏切りとか陥れとか絶望とか住む所が無くなるとか・・・

そういった時に他の人はどうしてるのか教えてくれないじゃん。

幸せな家族だったのに、やくざのような親戚が全て持ち去ろうとしてる。法に守られながら。

弁護士にも裏切られ、散財しかできない親戚の元へと私達が生きる為の最低限のお金と土地が奪われる。

その上被害者ぶってる。お蔭で父も母も一生不幸な人生でしたって結末送る事になる。憎い。

私が全て悪い。だからなんで産んだの。産まなきゃ死なずに済むのに。

追い詰められる事も無いし、軽蔑される事も無いし。

私の幸せのピークは小学校の頃までだった。

犬飼ってて可愛かった。凄く可愛かった。友達も沢山いたし、家族全員仲だって良かった。

私は頑張り屋だった。中学からは違うけど。

笑顔が嫌だ。苦しいくせに笑わないでよ。皆幸せなのに何で私達だけって思っちゃうじゃない。

元気が出ない。家族を支えるだけの元気が出ない。家族は私のせいでばらばらだ。

ごめんなさい。弱くて、頑張れなくて・・・怒らないで。怒鳴らないで。もう家族を苛めないで。

人を憎まないで。人を憎んでしまったら幸せに生きれなくなる。

駄目な人は一生直らない。恐い。母の罵声が恐い。父の怒りが恐い。兄の蔑みが恐い。

「こういう時もあるさ」じゃない。これが本当の姿だ。家族ったって「家族」じゃなくて「人と人」だ。

家族が大好きなのに素直になれない。凄く感謝してるのに感謝し辛い。

皆に幸せになってほしい。世界中の生き物に。一切子作りをやめて、皆で餓死したら皆が幸せになれるかなって変な事考えた事ある。

どうしても、昔あった残酷さが再び出てこない。残酷さが無ければ生きていけないってようやく分かったのに。

八つ当たりはしちゃいけないって思ってたけど、残忍な目に遭っても犯人に仕返しできない場合はどうしたらいいの?

弱い者虐めをしない事だけが自分の誇りだったけど・・・しなきゃ生きていけないの?

だけど弱い者虐めをする人って大抵幸せの絶頂期にいる人が多い気がする。

自分を殺そうとしても、本当に殺したい相手は私じゃない。私よりもっと酷い人はいる。

あのね、昔両親がたくさん助けた親戚に全て奪われるんだ。あの人達って人間なのかな?

母は毎日辛そうだ。笑顔で接しても駄目だった。神様が本当にいるのなら、家族を幸せにしてください。

一生皆が幸せに暮らせるなら死んでも良いくらい。

自分の世界を持ちたいな。さも自分が全て正しいかのようなオーラを放ちたい。堂々と。

で、傷付いて勝手に泣いて変な人と思われたい。後ずさられたい。

あぁもう・・・傷付かないように生きてると嫌われるだけだ。

じゃあわざと傷付くように生きたら誰か好きになってくれるかな?

ズタズタになっても狂いたくないし僻んで人の不幸を願いたくない。のが理想だけど逆行ってるなぁ。

母の生き方は複雑すぎて正しいのか間違ってるのか分からない。

悪い事もしてるけど、皆の為にやった事なら正しい事なのかな・・・分からない。

母は家族とご先祖様の為に頑張ってきたんだって。

人を信じちゃいけないって昔教わったな。ちゃんと守ってるよ。お母さん。

あぁもう分からない。どうすれば良いか分からない。最善を尽くしたつもりでいる。

兄は地獄なんだって。嘘吐き。一番幸せ者のくせに。最低限生きる為の能力が備わってるくせに。

人の気持ちを軽視して傷付けたから、それが返ってきただけじゃない。どうしてアンタだけ愚痴言うの?

何もしなくてもすぐ仲間に入れてもらえて、好かれて、慕われて。いいよなー。

遠くから見ると良い香りがして、近付くと棘が痛むタイプなんだよね。

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2007年10月24日

旅行先などで このエントリーを含むはてなブックマーク

旅行先などで

「どこから来られたの?」と問われた時に「神戸からです」と答えると、ほとんどの人が未だに「地震大変だったでしょう?」と言ってくれる。私は神戸といっても被害が酷い地域ではなかった(家具は全部倒れたし家も少々壊れたけれど、とりあえず親しい人は亡くなってない)ので、「ええ、うちの方は全然大丈夫だったんです」と明るく応じられる。応じられる、のだけど、神戸から来た人に無防備に地震どうだった?と聞くのはよくないかもしれないですよ、と言おうかいつも悩む。もちろん言わないのだけど。

正直神戸では初対面の人に「地震どうだった?」とはとても聞けない。「地震大変でしたね」とかとても言えない。相手の被害が軽かったことや、身内の方が無事だったこと、あるいは被害を受けてても、整理がついて思い出になってる、と確信できるまで口にできないのだ。あれは未だに辛い過去で、軽々しく話せないものなのだ。

だから県外出身者が迂闊に「地震大変だったんじゃない?どうだったの?」などと地元の人間に言ってるのを聞くと、はらはらしてしまう。「まあそれなりにね」と答えるその人は、弟さんを亡くしてるんだよ、と思ったりする。

県内同地域出身者が地震どうだった?といって連帯感のようなものを抱く場面も当然あるんだけれど。

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[人生相談]どうするべきだと思う? このエントリーを含むはてなブックマーク

[]どうするべきだと思う?

1. 大学を卒業し、どこかに就職する

  • 不安要素
    • 卒業できるかどうか
    • 就職活動できるかどうか
    • 就職できるかどうか

2. 大学をやめてフリーターになる

  • 不安要素
    • バイト先の面接とか受けられるかどうか
    • 働けるかどうか
    • フリーターって一時しのぎにしかならないよね

3. 実家に帰って家業を手伝う

  • 不安要素
    • 手伝えることがあるかどうか
    • 親が死んだ後はどうするのか

4. ニートになる

  • 不安要素
    • 親が死んだ後はどうするのか

5. 自殺する

  • 不安要素
    • 死ねるかどうか
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